遠山翠バレンタインSS
「あ、あそこにいるの遠山先輩じゃないかな」
俺と麻衣が二人で登校してくると、校門前にいる遠山に麻衣が気付いた。
むこうもこちらに気付いたようで、遠山は小さく手を振っていた。
「朝霧君、麻衣。おっはよう」
今日も朝からテンションが高そうだ。
「おはよう」
「おはようございます、遠山先輩」
俺と麻衣も挨拶を返す。
一通り挨拶を済ませると、遠山が早速切り出してきた。
「そうそう。朝霧君、今日は何の日だか知ってる？」
なにか企んでそうな表情で俺を見上げる遠山。
今日は2月14日。考えるまでも無いが、ここで素直に白状するのも癪だな。
「あぁ、バレンタインのチョコは本命以外受け付けないからな」
ちょっと胸を逸らして威張ってみせる。
「あはは、お兄ちゃん言うねぇ」
ほんの冗談のつもりだったが麻衣が釣れた。ならば突き進むのみ。
「さて麻衣。お兄ちゃんにチョコレートをくれるかい？」
「もちろんだよ、お兄ちゃん」
さすが、長年一緒に暮らしてるだけのことはある。俺の意図を見事に汲み取ってくれる。
「はい、お兄ちゃん」
「ありがとう、マイシスター」
受け取りはしたものの、なぜこのタイミングで麻衣はチョコを出せたのだろう？
が、それを考える暇も無く。
ずざざざざっ。
遠山が思いっきり引いた。10mくらい。
「朝霧君と麻衣って……」
口元が引きつっている、今にも何か叫びだしそうだ。
「やっぱり年下なのか〜〜」
予想通り叫んだ。それよりも『やっぱり』ってどういう意味だ、おい。
そのまま遠山は走り去ってしまった。
「やりすぎたかな」
麻衣が苦笑しながら呟く。
「そだな、後でフォローしとく」
校舎内に走り去る遠山の背中を眺めながら頷いた。
「あ、お兄ちゃん、そのチョコ返して。部活の顧問の先生にあげるものだから」
「ん」
まぁ、そんなことだろうと思った。
麻衣からは今朝、ちゃんとチョコを貰っている。毎年恒例の手作りチョコだ。
いつからだったろうか、麻衣が俺に手作りチョコをくれるようになったのは。
などと物思いにふけっていると
「あれ？なんだろう、これ」
麻衣が落ちていた小さな箱を拾い上げる。
赤い包装紙で丁寧にラッピングされた箱。
やや歪んだ包装紙が、それが市販品ではないことを物語っていた。
それがどういうものかは、誰が見ても同じ答えを出すだろう。
麻衣は俺にそれを押し付けると
「頑張ってね、お兄ちゃん」
笑顔の麻衣は、そう言って小走りに校内に駆けていった。
「ったく…俺にって決まった訳じゃないだろうに」
俺はチョコと思われる箱を、受け取る。
このまま持っているのも恥ずかしいので、とりあえずカバンにしまいこんだ。
「あれ〜、どこにいったんだろ」
昼休み、ちょうど食堂から帰ってきたとき、遠山が血相を変えてカバンを漁っているのが目に入った。
携帯電話、MDプレイヤーをはじめ、何か他の人が見たらマズそうなものもぶちまけている。
「翠、どうしたの？」
見かねた菜月が遠山に声をかける。
「え？え…えっと、な、なんでもないよ。なんでもないの。なんでも」
明らかにうろたえている遠山。さすがに菜月も不審に思ったらしい。
「何か忘れ物？もしかして」
「あ〜、別にそういうものじゃないから、大丈夫。大丈夫」
それだけ言い残して遠山は教室を出て行ってしまった。
んー、たぶんあれのことだよなぁ。
俺はカバンの中にしまいこんである小箱を思い浮かべた。
返そうと思ってはいたのだが、ここまでにそのタイミングがなかったのである。
返すなら今だろうか、俺はカバンを開けて取り出そうとした。
キーンコーンカーンコーン…。
「あ」
しかし、同時に予鈴が鳴る。今から遠山を探しに行って事情を説明していたら
午後の授業に間に合わなくなってしまうだろう。
俺は仕方なくそのままカバンを閉じた。
午後の授業中、遠山は見てるこっちも暗くなるくらい落胆していた。
更に時間が過ぎて放課後。いい加減、例のものを返さないといけない。
遠山が意中の人にチョコレートを渡すタイミングを逃してしまっては可哀想だ。
ホームルームが終わっても、机に突っ伏すようにしていた遠山に声をかける。
「遠山、ちょっといいか？」
「……」
反応が無い。
「遠山」
「あさぎり…くん？」
やっと顔を上げる遠山。うわ、憔悴してるな、おい。
俺がどう話を持ち出そうか迷っていると
「ごめんね、朝霧君」
「？」
なぜか謝って俯く遠山。訳がわからん。いや、それより先にあれを返さなきゃな。
「遠山、探してたのってこれだろ？」
俺はカバンの中から例の小箱を取り出した。
箱の端が少し潰れていた。
「悪い、少し潰れちまったな。弁償なら…」
「あ、朝霧君っ！それ！」
驚いて声を上げる遠山。クラスの連中が何事かこちらに注目する。
「へー、朝霧君と遠山さんって」
とか
「鷹見沢さんは？義理じゃないの？」
とか、なんか俺的に良くなさそうな空気が流れ始めた。
今日は2月14日の放課後で。
俺と遠山が何かの受け渡しをしていて。
それは丁寧にラッピングされている。
この光景を他にどう捉えようか。
状況証拠だけで有罪が確定しそうな勢いだ。
「ば、場所を変えるか」
「うん、そ、その方がいいかも」
顔を真っ赤にしている遠山。
俺たちは逃げるようにして教室から飛び出した。
逃げ出す方が余計に怪しいとはこのときは気付かなかった。
場所を移して学園の屋上。いや、寒いだろ。ここは。
「あはは、やっぱ寒いね」
ここに連れてきた遠山自身も寒がっていた。
まだ陽があるとはいえ、あまり長居したくない場所だ。
「えっと…それ、どこで？あたし、朝霧君に渡してないよね？」
早速、遠山がこれのことを聞いてくる。
「お前、今朝俺たちと会っただろう。その時に急に走り出していって。あのとき」
「あ、そっかぁ。あのとき」
ぽむ、と手を打った遠山だが直後。
ずざざざざっ。
今朝と同じようにやっぱり10mくらい引いた。いや、フェンス付近は危ないから。
「あ〜、あさ、朝霧君って、そのあの、ま、麻衣と、その…」
真っ赤な顔をしてセリフは棒読み。
今朝の麻衣とのやり取りを言っているんだろうか。
俺は種明かしをすることにした。
「悪ふざけがすぎたな。あれは冗談だ」
「え？冗談？」
遠山に俺と麻衣がぐるになっていたことを説明する。
「もう〜朝霧君、悪質〜」
案の定、ぶぅと頬を膨らませて怒る遠山。
「だから悪かったって」
俺はまぁまぁと遠山を宥めながら謝った。
「ちなみに、その箱の中身、分かる？」
どうにか落ち着いた遠山が、これを指差して聞いてくる。
「なんとなく」
今日は2月14日。この日にそれ以外あるだろうか。
「じゃぁ黙ってた罰として、それ食べてくれる？」
「え？」
俺は耳を疑った。
「いや、だってこれ。そういうものだろ？」
あえて口にはしないが、義理にしては手が込んでいる。
非常に『本命』っぽい。
「いいから。それとも禁断の兄妹愛が学園中の噂になってもいいの？」
どこか得意そうな、意地の悪そうな、そんな表情の遠山。
「く、卑怯な」
「お互い様」
俺のほうが不利になってきた。これ以上は無駄な努力か。
「でも、いいんだな？俺なんかが食っちまって」
「え？えと…うん」
遠山は顔を赤くして頷いた。何となく気まずい雰囲気が流れる。
「て、手作りだから、ちゃんと味わって食べてね」
もじもじしながら遠山はそう言った。そして
「変な噂になるとあれだから、私先に行くね」
「あ、ああ」
普段であれば言いそうにないセリフを残して遠山は出口に向かう。
俺は適当な返事を返しただけだった。
「それじゃ朝霧君、またね」
屋上のドアの手前で振り向くと、もう一度手を振って校舎の中に入っていく遠山。
そのときの笑顔がなぜかとても印象的だった。
「手作り、ね」
俺は手作りらしいそれをもう一度カバンにしまいこんだ。
翌日、俺は学園を休んだ。
理由は想像に任せる。
〜あとがき〜
先日書いた翠SSとは別物です。最近、瑠璃をやってないから達哉君が違う人かもしれません（汗）
本編になぞらえるならこの時期は、卒業間近なので学園に登校すらしてない時期かも。
まぁその変はパラレルということで。