遠山翠クリスマスSS


「やっほー、来たよ〜」
「翠、いらっしゃい」
ドアを開け店内に入ると、さっそく菜月が出迎えてくれた。
「今準備してるから適当なところに座って待ってて」
「了解〜」

今日は朝霧家と鷹見沢家と合同でクリスマスパーティをやるということを
麻衣から聞いていた。
私も参加できるかなぁ、なんて話してみたらあっさりOKが出たもんだから
こうして参加しているわけ。

閉店後、菜月や朝霧君はパーティの準備を進めている。
私をはじめ、麻衣やさやかさん(だっけ?)はテーブルに座って談笑していた。
イタリア料理店だけあって、料理はとても豪勢だった。
見たこともない料理や、見たことはあってもとても手が出せない料理が
テーブルを所狭しと並べられていた。

最後に着替え終わった菜月が席に着く。
そうそう、どういうワケか私の隣には朝霧君が座っている。
きっと偶然だけど、サンタのおじいさんのプレゼントだと思いたい。

と、仁さんがワインボトルを片手に立ち上がった。
「今宵のワインは満弦ヶ崎名物『ムーンライト』の20年ものでございます」
一人一人のグラスに慣れた手つきでワインを注いでいく仁さん。
もちろん私のグラスにも注がれたんだけど、私ってあまりお酒飲んだこと
ないのよね、大丈夫かな。
皆にワインが行き渡り、仁さんが続けて乾杯の音頭を取ろうとした。
「独り身のみんなにとって、最高のクリスマスでありまがっぁ!」
仁さんは最後まで喋りきることなく無残に倒れた。
側頭部に菜月が投げたしゃもじが突き刺さっている。
血が出ていないのがどこまでも不思議だが、倒れた仁さんは立ちあがれない。
「えー、気を取り直して。誰が音頭取る?」
コホンと菜月が咳をすると一同を見回す。
が、みんな目をそらすもんだから誰も手を挙げない。
「はいは〜い!そんじゃ私がやりま〜す!」
私は手を挙げて菜月にアピールする。
「特別ゲストが音頭を取る、これ宴会の常識」
「宴会じゃないでしょ」
ため息をつく菜月だが、他から異論は出ない。
ってことで、私は立ち上がる。
ここで普通に乾杯したらきっと負けよね。
などと、余計なことを思いつつ考えた結果。
「今年のクリスマスプレゼントは朝霧君が欲しいです!ってことでかんぱ〜い!」
「「「かんぱ〜い」」」「なんですって〜!」「なに〜!」
若干名、違う言葉を発していたのがいるが気にしない、気にしない。


始まってしまえばもう無礼講だ。やいのやいの騒がしくなる。
隣に座る朝霧君と、目の前に並んだ豪華料理のどちらを優先しようか悩んだが
滅多にないチャンスなので、朝霧君に話しかける。
「ねぇねぇ朝霧君。これ、なんて料理?」
まぁ共通の話題なんてそうそうないもので、結局料理の話になる。
「あぁ、これは」
あはは、共通の話題って少ないんだよね、実は。
なんて朝霧君の話を聞きながら、しばらく歓談。
お酒も料理も美味しくて、隣に朝霧君がいて。
あぁ、幸せすぎて怖い。


2時間後、いい具合にお酒が回った一同。
菜月は仁さんに説教しているし、さやかさんは菜月パパにお酌をしている。
麻衣も朝霧君に同じようなことをしていた。

あれ?私、浮いてる?

よく考えてみれば私は菜月のクラスメートで、麻衣の部活の先輩ってだけ。
ここにいるみんなの中でも一番関係が希薄なことに気付かされる。
麻衣も、なんだかんだで菜月も快く迎えてくれたけど。
ちょっとヘコむね、これ。
よし、こんな時は飲もうじゃないか。
「朝霧く〜ん、麻衣〜。私も混ぜて〜」
私に酔っ払ってる自覚はなかった。


夜もふけ、深夜。
目を覚ますと結構な時間になってしまっている。
私は帰らなくていーんだろうか。
遅くなりそうだったら菜月ん家に泊まってくる、と親には説明してあるけど。
ふと目を覚ました朝霧君と目が合う。
「お、おはよー」
「ん。おはよう。って、遠山。まだいたのか?」
「うん、なんか帰りそびれちゃったみたいで」
私はあはは、と苦笑した。
麻衣とさやかさんは机に突っ伏して寝ている。
仁さんと菜月パパも床に大の字になって寝ていた。
明日も仕事があるだろうに、大丈夫なのだろうか。
菜月だけ、なぜか観葉植物に向かって説教をたれている。

「とりあえず起こさないとな」
「うん、私も手伝うよ」
私と朝霧君は寝いている人たちを起こして回った。
店内は暖房が強めに効いていて、冷え込むことがないのが幸いだったかもしれない。
全員を起こして帰すと菜月だけが残る。

「あれ、どうする?」
「さすがに止めないとまずいよね」
寝ていたみんなを起こすのに30分くらいかかったけど、菜月は相変わらず
店の隅でぐちぐち言っていた。
「遠山、任せた」
「えぇぇ?あたし!?」
ぽんと肩を叩いて笑顔を作る朝霧君。
「親友だろ?」
「その言い方ずるいですよ?」
親友なだけに、あの状態の菜月に近づくことがいかに危険か知っている。
それはたぶん朝霧君も知ってるんじゃないの?
私は渋々頷くと菜月に近寄った。
「あのー、菜月さ〜ん?」
「うっさいわれ。いまじゅうよーなころはらしてるんらから!」
「うわ……」
鬼の形相の菜月に引いてしまった。
それに何を言ってるんだか理解できない。
そんな私の肩越しに
「店員さ〜ん、お勘定〜」
「はいぃ!たらいまー!」
条件反射か、菜月は突然立ち上がるとレジに向かおうとする。
と、朝霧君はその菜月に足を掛ける。
当然のように躓く菜月。
しかし、朝霧君は素早く身体を回りこませ、菜月を背負う。
「はいはい、酔っ払いは寝ましょうね〜」
「んう?わらしよっはらってないよ?」
呂律が回ってないくせによく言う。
「いいから。そのまま暴れるなよ」
「あ、じゃぁたつや。れじおれがい」
「はいはい」
菜月を背負った朝霧君はこちらを振り向くと
「悪い、遠山。少し待っててくれるか?」
「え?う、うん……」
ほんの一瞬の出来事でよく分からなかったが、朝霧君が菜月をおんぶして
部屋に運んでいくんだろうなぁ、っていうのは理解できた。
一度引っ込んだ朝霧君はすぐに出てきた。
「じゃ遠山、帰るだろ?送ってくよ」
「あ……う、うん」
泊まる、という選択肢はなくなりそうだった。

菜月の家から自宅に帰るにはどうしても商店街を通り抜けることになる。
クリスマス・イヴの夜だけあって、深夜になっても商店街の明かりが消えることはない。
こんな時間でもまだ商店街は活気に溢れていた。
というか、道行く人はカップルばかりでひどく居心地が悪い。
すれ違うカップルはどの組も違わず腕を組んで歩いている。
私たちみたいに少し離れて歩いている人たちは全然いなかった。

こんな時間に男女二人で街を歩いてたら、周りからどんな風に見られるのだろう。
朝霧君の方を見ると、彼もどことなく居心地が悪そうだった。
ふと目が合う。
「あはは」
「あはは」
お互い乾いた笑いを漏らした。っていうか、何やってんだろ。
逃げ出すように商店街を抜け、弓張川へ。
活気があった商店街とは違い、しんと静まり返っている。
聞こえるのは川のせせらぎだけ……でもなかった。
そこかしこの茂みから妙な声が聞こえるんですけど。

何が行われているかなんてのを想像したら、頭がパニックになってくる。
というか、クリスマスの夜中に人気のない川のほとりを歩くなんて、違う意味で危険すぎる!
さ、寒くないのかな……って、そうじゃなくて!
「と、遠山?」
「は、はひぃいい!?」
いきなり声を掛けられて声が裏返ってしまう。
朝霧君がどうしても、っていうなら私も拒む理由はないけど、でも急っていうか。
「そそそんなあさぎりくんわたしたちまだでででもどどうしてもっていうならあのその」
あれ?でも結局のところ私ってそういう風になれることを望んでるんだよね。
「その、朝霧君がどうしても、って言うなら」
「お、落ち着いてくれ遠山」
なんか疲れた顔の朝霧君がいる。あれ、何か勘違い?
「ちょっと急ごうか」
「う、うん」
一人先走ってしまったことに頬が熱くなる。恥ずかしい。
私と朝霧君は何も話すことなく、早足でその場を通過した。


色々な災難(?)を乗り越えて、ようやく自宅に着いた。
「あの、ありがと」
「ん。まぁ気にするな」
手をひらひら振って応える朝霧君。
「でも、朝霧君。この後、一人で帰るんでしょ?」
「もちろんそうだけど?」
何を言ってるんだこの子は?みたいな目で見られた。
「あの環境の中」
「あー……」
その光景を想像したのか、ぽりぽりと頭をかく朝霧君。
今来た道を引き返すわけだから、ねぇ。
「まぁ、周りがやかましいだけで」
「その……泊まってく?」
「ば、ばか言うなよ」
「じょ、冗談だよ〜」
言ってる自分でも恥ずかしくなった。

「んじゃ、またな。次は来年か?」
「んー、気が向いたらまたお店に行くかも」
「そか、いつでもお越しください。かな」
朝霧君は笑顔だが、それが営業スマイルだと思うと少しやるせない。
胸が少し痛んだ。
「そうだ!朝霧君、ちょっと待ってて!」
あることを思い出した私は自宅の鍵を開けると、そのまま部屋に駆け込んだ。
クローゼットを開ける。えっと、確かこの辺に。
ごそごそと衣装ケースを漁る。あれでもない、これでもない。
「あった!!!」
私はそれを引っつかむと部屋を飛び出した。

「あの、朝霧君。これ使ってよ」
去年の冬、家庭科の授業で作ってみた割には良く出来た手編みのマフラー。
自分で使うのも癪だったの、でそのままお蔵入りしていたのだ。
「送ってくれたお礼。そのくらいいいでしょ」
きょとんとする朝霧君の手に、私はマフラーを押し付けた。
「でも、なんか悪いな」
「ううん、いいじゃない。私からのクリスマスプレゼントってことで」
何か言いたさげに渋る朝霧君。そうだ!
「じゃ、代わりに明日デートしてくれる?」
もう日付が変わっちゃってるから今日なのだけど、前日がイヴなので今日がクリスマス当日。
「すまん、明日も朝からバイトだ」
「がっくり」
即答だった。バイトを休むこととかも考えてくれなかった。
はぁ、まだまだ道のりは遠いなぁ。

朝霧君はマフラーを首に巻きつける。
「ん、あったかい」
それを見届けた私も満足げに頷く。
「あったりまえじゃない。私の手編みなんだから!」
驚く朝霧君にVサイン。


朝霧君の後ろ姿を、彼が見えなくなるまで見送った。
「明日、さっそくまたお店に行こっかな〜♪」
緩む頬を押さえながら私は部屋に戻った。

夜が明けてもまだクリスマス。
サンタのおじいさん。もう一つくらいプレゼント、サービスしてくれないかなぁ。




〜あとがき〜
ちょっと長めのお話です。
PS2版発売記念で書くつもりでしたが、クリスマスSSになりましたね、これ。
今回のSS、翠は達哉君と結ばれてた後のお話じゃありません。
まぁこれが彼女と達哉君のあるべきポジション?というか、この方が書きやすいし。
すまん、翠。
PS2版やったら翠の新しい一面を発見できるでしょうから、そのときにまたSS書きます。

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