遠山翠誕生日記念SS
「朝霧君、おっはよう！」
朝っぱらからテンションの高い挨拶をかけてくるのは遠山である。
「おはよう。朝から元気だな」
「もちろんですよ。この遠山さんから元気を取ったら何が残りますか？」
そこそこ大きな胸を張ってふんぞり返る遠山。
なぜそんなに自信満々なんだろう。何も残らなかったらそれはそれで問題なんじゃないだろうか。
「言ってて悲しいだろ」
「うん、ちょっと……」
俺の突っ込みに遠山も苦笑した。が、相変わらず立ち直りも早い。
「それよりも、今日は何の日だか知ってる？」
「ん？2月10日だろ？バレンタインにはまだ早いし、何の日だ？」
何のことか理解できない俺に遠山は頬を膨らませた。
「もう、遠山翠さんの誕生日ですよ、今日は」
怒りながらもちゃんと説明する遠山。
いや、知ってる訳ないし。
「それで、いくつになったんだ？」
「それは秘密。って同い年でしょ」
「それもそうだな」
愚問だった。クラスメートだしな。
「それより、ほれほれ」
なんか右手を差し出されている。これはこれで何かムカつくな。
ためしに握ってみる。
「違うでしょ！ってこれはこれで悪くないか……」
握り返された。
「えへへ。じゃぁ一緒に教室に行こっか」
そのまま引っ張られる。いや、マズいんでない？
「お、おい。遠山！？」
「はいは〜い。仲良く登校しましょうね〜♪」
そんな感じで始まった2月10日。なんか先が思いやられる。
昼休み。
「達哉、今日のお昼はどうするの？」
4時間目が終わると、すぐに菜月がやってきた。
「あぁ、麻衣の弁当があるから適当なところで食べるよ」
「私と翠も一緒していい？」
「やほ〜」
菜月の後ろで遠山が小さく手を振っている。
「今日は外が暖かそうだから、中庭に行こうよ」
そういえば今日は天気予報で、3月上旬の陽気だって言ってたな。
「ん。そうするか」
俺たちは連れ立って中庭に向かった。
「へぇ、それが麻衣が作ったお弁当？」
「あぁ」
遠山は俺が持ってきた麻衣の弁当に興味津々の様子だ。
そういえば遠山に麻衣の弁当を見せたことは無かったな。
「美味しそうだね」
「ん、美味いよ」
もの欲しそうに見ている遠山。
「欲しいなぁ……」
予想通りの展開だな。
「少しくらいなら構わないけど」
多少弁当が減ったところでどうこうする訳でもなし。
「じゃあ……あ〜ん」
と言って、目を閉じて口をあけて待っている遠山。
「おい」
……俺はどうしたら良い？
「今日は私の誕生日〜」
「関係ないだろ、そこは」
迷った俺は菜月を見る。
「……」
不機嫌そうな表情で俺を睨んでいた。慌てて視線を戻す。
今度は待ちきれない遠山が、やはり俺を睨んでいた。
「もう、勝手に食べちゃうよ」
遠山は俺から箸を奪うと、卵焼きを頬張った。
「ん〜、美味しい。麻衣ったら料理上手いじゃない」
満足そうな顔をして箸を返す遠山。
その、なんつーか、遠山は気にしてないのか？
「ん？どったの？」
「いや、なんでも」
本人が気にしてないのなら蒸し返すことも無い。と思ったが、予想以上に俺のほうが気にしている。
このまま食事を続けていいものか。
「ん？朝霧君、食べないの？私が貰っちゃおうか？」
箸が動かなくなった俺を見て遠山が言う。
「いや、食べる食べる」
俺は慌てて弁当をかきこんだ。
「うわ、もっと味わわなきゃダメだよぅ」
なんか遠山が言ってた気もするがそれどころじゃなかった。
そんなこんなで放課後。
「達哉、翠と一緒にアイスを食べに行くんだけど、達哉もどう？」
授業が終わると菜月が声をかけてきた。
「おいおい、この寒い中でどうしてアイスなんだ？」
今は2月。いくら暖冬とはいえ、まだまだ寒い。
「いーのいーの。店内で食べれば問題ないでしょ？」
後ろから遠山もやってくる。
「ゴチになります」
狙いはそっちか。
俺は菜月の顔を見ると、菜月も苦笑していた。そういうことらしい。
せっかくなので、アイス好きの麻衣にも声をかけておいた。
部活が終わり次第、合流すると言っていた。
「いただきま〜す」
バケツサイズのアイスを相手に遠山は嬉しそうに一口目を口に運んだ。
俺と菜月は冷や汗たらり。なんでこんなものを注文したんだろう。
「菜月も朝霧君もどんどん食べてよ」
一応、取り皿は用意してもらったものの、結局そのバケツにスプーンを突っ込んで食べている遠山。
「なぁ、ホントに食いきれるのか？これ」
遠山に聞いてみる。
「大丈夫だよ、このくらい。麻衣も同じの食べてたし」
「んな……そうなのか」
麻衣のアイス好きは知っているが、そこまでとはお兄ちゃん聞いてないぞ。
食べ始めてから30分が経過していた。
なのに、どういう構造をしているのか分からないがアイスが溶ける気配はない。
そして一番良く分からないのが遠山だ、ペースが一向に変わらない。
色んな意味で凄いと思った。まだバケツの中は半分以上のアイスが詰っている。
アイスは何層かに分かれていてずっと同じじゃないらしい。
遠山がスプーンを突き立てるたびにアイスの色も変わっていた。
2時間が経過した。俺も菜月も遠山待ちである。
コーヒーのお変わりは6杯目になっていた。いい加減、水っ腹である。
と、そこへ新しいお客さん。
「お待たせ。あ、遠山先輩。やってますね〜」
「おうよ」
それだけで通じたのか、遠山は親指をぐっと突き出した。
「お兄ちゃん、私もあれ食べて良いかな？」
「マジかよ……」
時計はすでに6時になろうかとしている。
2時間かかって遠山のバケツはやっとゴールが見えていた。
それでもまだ3分の1くらい残っているが。ってことはあと1時間はかかるのか。
つまり麻衣も完食するまで3時間はかかるってことか？
さすがに夕食の時間まで響いちゃマズイだろ。
「麻衣、今日はやめとけ。夕飯に響く」
「そうだね、残念」
しょんぼり麻衣。
「じゃぁ麻衣、一緒に食べる？」
「いいんですか？」
「うん、あんまり残ってないけどね」
いや、十分残ってると思う。
そう思ったのは俺と菜月だけのようで、この2人には少ないらしい。
「では遠慮なく」
麻衣は紅茶だけ注文して、遠山のバケツに手を伸ばす。
「あ、このままスプーン入れちゃってもいいですか？」
「うん、全然おっけーだよ」
「じゃ、いただきます」
そう言って二人がかりで残りのアイスを食べていた。
「「ごちそうさまでした」」
遠山と麻衣が食べ終わると同時に手を合わせた。
「すいません、遠山先輩。お代はいくらか出しますから」
「あ、いーのいーの、朝霧君と菜月のオゴリだから」
麻衣が財布を取り出した。
「そうなの、お兄ちゃん？」
「あぁ、遠山が誕生日らしいんだ、今日」
「らしい、じゃなくて本当です」
きっちり釘を刺す遠山。まぁその通りなワケだが。
「そっか、じゃあアイス食べた私が少し多く払うね」
「いや、別にいいよ。普通に割り勘で」
特大のアイスは3人で均等に割り勘、ということになった。
「ありがとうございました〜」
店員さんの笑顔に見送られ店を出た俺たち。
驚いたことにあの量で俺の時給と変わらないくらいの値段だった。
それを俺、菜月、麻衣の3人で割ったんだから、一人あたりの出費は全然大したこと無い。
「これくらいなら、他に何かあげてもいいな」
「マジっすか！？」
呟いただけのつもりだが、遠山は敏感に反応した。
「じゃぁ菜月んちの料理をフルコースで」
「無理」
即答した。イタリア料理のフルコースなんて俺の1週間分のバイト代に匹敵する。
さすがにそれは奢れない。
一人だけ帰る方向の違う遠山を送った後、帰途につく俺たち。
その途中、菜月が変な事を言い出した。
「ねぇ、達哉は翠のこと、どう思う？」
「あ、それ私も聞きたいな」
「どうって……どう？」
意味がわからずにオウム返しに聞き返す。
「だって、結局は翠と進学先が一緒なわけじゃない？」
「そうだけど、何の関係があるんだ？」
「だって達哉って友達少ないでしょ？」
余計なお世話だ。
確かに俺と遠山は同じ大学に進学することが決まっている。
菜月は別の大学に合格しているし、麻衣はカテリナ学園の3年生だ。
そう考えると、俺ってマトモに話せる相手がいなくなるのか？
「お兄ちゃんと遠山先輩ならお似合いかな〜って」
「私もそう思うな。最近ね、翠も達哉に興味があるみたいなの。よく話し掛けてくるでしょ？」
「ふーん」
確かに最近、よく遠山と話すようになったとは思うが、あまり実感はない。
「お兄ちゃん、遠山先輩はフリーみたいだからお勧めだよ〜」
「なんでそんな話になる、妹よ」
どういう意味でお勧めと言っているのかくらいは、さすがの俺でも解る。
「だって、ねぇ？」
「私も翠だったら仕方ないと思うもの」
「お、大胆発言だね、菜月ちゃん」
「別に大丈夫よ。達哉ってば気付くはずないから」
「それもそうだね。不甲斐ない兄でごめんね、菜月ちゃん」
「翠も苦労しそうね」
二人で勝手に話を進める菜月と麻衣。
「すまん、なんか馬鹿にされてる気がするのだが」
二人が誰やらどこやらを話しているかは理解できないが、なんとなくそんな
感じがした。
「うん、馬鹿にしてるよ」
菜月はため息をつき
「ここまで言っても気付かないんだもん」
麻衣は苦笑した。
「あ……」
ふと、麻衣が立ち止まった。
「麻衣、どうした？」
立ち止まった麻衣を振り返る。
菜月も怪訝そうな顔をしている。
「遠山先輩に『おめでとう』って言ってない」
「「……」」
俺も菜月も、何も言えなかった。
〜あとがき〜
シンプルなオチにしておきました。
実は去年の今頃に書いてた作品なんだけど、バレンタインSSが
あったので1年間寝かせておきました（笑）
ということで、おめでとうだよ、翠。