遠山翠ショートストーリー

「いらっしゃいませ…遠山か」
入ってきた客を見て少し気を緩める。
今日も、遠山が左門に食事にやって来た。これで3日連続である。
「もう、お客さんに向かって失礼だよ〜」
セリフとは裏腹に笑顔の遠山。
「一人か？」
「うん」
「そか、じゃぁ席に案内するよ」
「お願いします」

第二回

「いらっしゃいませ。本日もご来店、誠にありがとうございま〜す」
「あ、あはは…どうも」
俺が遠山を席に座らせると、入れ替わりに仁さんが遠山に声を掛ける。
無駄にテンションが高い仁さんに遠山も苦笑。
「お客様のご指名は、当店自慢の『朝霧達哉』でよろしいでしょうか？」
ふざけたセリフをさらっと言う仁さん。
遠山は途端に顔を赤くする。ダメだ、そんな反応したら仁さんの思うツボ。
俺は思わず手元にあったしゃもじをぶん投げる。
が、いつもより手ごたえがない。というか、嫌にしゃもじが軽く感じられた。
よく見ると俺が投げたのは…フォークだ。
いつもなら菜月が仁さん撃退用に置いているはずのしゃもじが今日はフォークだった。
よりによってフォークかよ！？

切っ先が仁さんめがけて飛んでいく。
「じ、仁さん！」
思わず叫んでしまう。が、当の本人は。
「甘い！」
そう言ってひらりと身を翻した。仁さんは無事、フォークを避けたのだが…。
「避けちゃダメだ！」
「やべ」
俺が投げたのがフォークだったことに気付いた仁さんがとっさに手を伸ばす。
が、それも届かず…。
「きゃあ！」
仁さんが接客していたのは遠山。もちろん悲鳴をあげたのも彼女。
当たり前だ、避けた先には遠山がいたわけで。

カランカラン。

遠山の腕を掠めたフォークが床に落ちる音が驚くほど店内に響いた。
店内が騒然とした。俺は慌てて遠山に駆け寄る。
遠山は自分の腕を抑えてい少し顔をしかめた。
その腕に赤いものが滲んでいる。当たった時に少し切ってしまったのか。
「わ、悪い。遠山。とにかくこっちへ」
「え？あ、うん」
生返事の遠山の手を引いてバックヤードに駆け込む。
「大変失礼いたしました。お食事中のお客様には誠意を持って対応いたします」
その間、仁さんは店内の騒ぎを収めることに尽力していた。ごめん、仁さん。


バックヤードへ入り、ひとまず遠山を椅子に座らせる。
救急箱はどこだったか？そういった類のものは全て菜月が管理していたから探し出すのも一苦労だ。
あちこちのロッカーや引出しを片っ端から開けては閉めるの繰り返し。
いくつ目の引き出しだか数え忘れた頃に、ようやく赤十字のマークがついた箱が目に付いた。
俺はその箱を引っ張り出すと、遠山のところに戻り応急手当を進めた。
その間、遠山は一言も話さなかった。

手当てが終わると、改めて頭を下げた。
「遠山、本当に悪かった」
「…」
遠山は返事をしない。
それからどのくらい待っただろう。ほんの数秒だったか、数分だったか。
時間の感覚なんてさっぱり分からなかった。
「ううん、いいよ。気にしないで」
ようやく遠山が口を開いた。
「でも、怪我を…」
「大丈夫だよ。このくらい」
無理して笑顔を作ってるのは一目瞭然だった。
「少し切ったくらいだし、別になんてことないよ」
「あ、あぁ。でも謝らせてくれ」
俺は腰が90度になるまで頭を下げた。
「じゃ、じゃあさ…」
遠山は何かを言いよどむ。
「今度、買い物とか付き合ってくれると…嬉しいかな、なんて」
小さい声でそう言うと、遠山は目を背けてしまった。
なぜか頬を赤くしている。
「あ、あぁ、そんなんでよければ…」
俺も突然の申し出に驚いて、言葉に詰まる。
が、遠山は俺の返事がよほど嬉しかったのか表情が一変した。
「じゃぁ今度のお休みの日に、お願いね」
そう話す遠山は、凄く嬉しそうだった。

その後は遠山も普段どおりに戻ったようで、席に戻ると注文したパスタを食べていった。
仁さんのデザートのサービスも付けてもらって、御代はもちろんタダ。というか俺持ち。
「ごちそうさま」
店を出るとき、遠山は満足そうに言った。
「ホント、今日は悪かった」
改めて頭を下げる。もし傷が残ってしまったら、いくら謝っても謝り足りない。
「んもう、大丈夫だってば。ちゃんと埋め合わせしてくれるんでしょ」
さっきの出来事など、まったく意に介してないように遠山は笑った。
これ以上謝るのは逆に失礼かもしれない。
「あぁ、もちろんだ」
硬くなってる俺をほぐそうとしてくれてることはわかるが、真面目に答えた。
「真面目なんだから」
呆れたような表情をする遠山。
「でも…そういうトコロ、嫌いじゃないよ。じゃね」
それだけ言い残して、遠山は逃げるように店を出て行った。


その夜、俺はおやっさんにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。