遠山翠ショートストーリー
商店街に向かう俺は、年甲斐もなく緊張していた。
よく考えたら、菜月や麻衣以外の女の子と出かけたことなんてあっただろうか。
今更ではあるが…俗に言うこれはデートなんではないだろうか。
ちなみに今日のことは家族に伝えていない。
麻衣は学園で部活だし、姉さんは仕事。フィーナとミアは公務で大使館へ。
菜月はミラノから今日帰ってくるが夜遅いので、誰かと鉢合わせになることもないだろう。
いや、別に変な意味で弁解してるわけじゃないぞ。
第三回
待ち合わせの時間は午後1時。俺は10分前に到着したのだが…既に遠山が待っていた。
しかし、そこには見慣れない2人の男も一緒にいる。
遠山は明らかに困った顔をしていた。ナンパに絡まれているのか？
遠山の困った顔を見ていられなくて、足早にその場に向かった。
「お待たせ」
俺が声を掛けると、3人が一斉に振り向いた。
「あ、朝霧君」
遠山は俺に気づくと、ナンパ野郎たちを押しのけて俺の腕に、自分の腕を絡ませる。
こいつらを追い払う演技だろう、俺も付き合うか。
「この子に何か用？」
わざと見下した言い方をする。
「なんでもねーよ」
野郎たちは舌打ちすると、さっさとその場を去っていった。
してやったり、と言った感じで彼らを見送る俺たち。
「ドラマみたいな展開だったね」
「あぁ、自分で体験するとは思わなかった」
俺と遠山は顔を見合わせる。
あまり気分の良いものではない。笑って流そうとした。
が、笑えなかった。
腕を組んでいるため、お互いの顔が至近距離にあるのである。
「わわ、ご、ごめん！」
慌てて飛びのく遠山。気の毒なくらい真っ赤な顔をしている。
菜月も顔負けなほどの瞬間沸騰ぶりだ。
「い、いや」
自分では分からないが、俺も顔が赤いのだろう。
頬のあたりが妙に熱い。
ちょっと気まずい空気が流れた。待ち合わせに来て早々からこれでは先が思いやられる。
この雰囲気を先に破ったのは遠山だった。
「と、とにかくどっか行こうよ」
「あ、ああ」
さっきから生返事ばかりで情けない。
歩き出した遠山の後ろを俺は付いて行った。
特に何をするわけでもなく、街をぶらぶらする。
菜月もそうだが、この年頃の女の子は店のディスプレイを見ているだけで楽しいらしい。
元々おしゃべりな遠山は、何を見るにしても必ず俺に話題を振ってくる。
そのせいもあり、俺は飽きることなく彼女に付いていくことが出来た。
しばらく店を冷やかしてから、以前学校帰りに寄った喫茶店に入った。
早速メニューを手に取りあれこれ悩む遠山。
「朝霧君はどうする？」
「俺はコーヒーだけで良いよ」
「そう？私は…どうしようかなぁ」
相変わらず優柔不断らしい。この前のときもそうだし、左門でも悩んでいた姿を思い出す。
そんな姿がほほえましく思えた。
「ん？何かおかしいことでもあった？」
無意識に表情に出ていたらしい。
怪訝そうな表情をする遠山。
「いや、なんでもないよ」
「ふ〜ん、まぁいっか。私も決めたよ。店員さん呼ぶね」
そういって店員を呼ぶ遠山。結局、呼んだ後にまた少し悩む所が遠山らしい。
「で、何がおかしかったのかな〜」
結局、さっき顔に出ていたことを問い詰められた。
「まぁ、なんだ。遠山を見てると飽きないなって」
「それって誉めてる？」
「微妙」
「む〜」
頬を膨らませて怒る遠山。やはり見ていて飽きない。
これだけ頻繁に表情を変えていたら疲れないだろうか、などと余計なことまで考えていた。
「お待たせいたしました」
程なくして注文した品が運ばれてきた。
俺はコーヒだけ。遠山はレアチーズケーキと紅茶のセット。
早速フォークを手に取り、ケーキを口に運ぶ遠山。
「ん〜。幸せ〜」
それこそ本当に溶けてしまうのではないかと相好を崩す遠山。
ゴクリ。
あまりに美味そうに食べる遠山を見ていて、ついのどが鳴ってしまった。
「朝霧君も食べる？そんなに甘くないから大丈夫だよ」
俺の反応に気付いた遠山がケーキを勧める。
甘くないから、と付け加えているのは以前、俺が甘いのは苦手と話したのを覚えているからだろうか。
が、その勧め方が良くない。
「はい、あ〜ん」
遠山はフォーク一口分のケーキを刺して口に運ぼうとしていた。
あまりに自然なその動作に、思わず口を開きかけた。
が、思いとどまる。何をしていますか、この娘は。
「いや、恥ずかしいから」
つい身を引いてしまう。恥ずかしいもんは恥ずかしい。
「へ、変に意識されると私も恥ずかしいよ〜」
ぷぅとふくれる遠山。徐々に顔が赤くなってくる。
自分でも恥ずかしいと分かってやったのか、こいつは。
「ほら、覚悟して。あ〜ん」
さらに突き出されるフォーク。俺は観念してケーキを食べた。
もぐもぐ…。
「どう？」
「あぁ、美味いな」
「だよね」
遠山は気付いていないようだが、実は周りから結構注目されていたりする。
俺の感想に満足した遠山は、残りのケーキを食べ始めた。
何事もなくケーキを食べる遠山に『間接キス』という言葉は通用しないのだろうか。
いや、意識するなって言うくらいだからホントに気にしてないのかもしれない。
俺の感覚がおかしいのだろうか、よく分からない。
と、世間でカップルがやってそうなことを経験した俺は遠山と一緒に店を出る。
その後も同様に、特に当てもなくぶらぶらした。
今日一日、遠山と一緒に過ごしたからだろうか。
無防備と思えなくもない遠山の行動が気になっていた。
遠山は他の男と、こういうふうに街を歩いたことがあるのだろうか。