遠山翠ショートストーリー
「後でかけなおすよ」といって、電話を切った朝霧君。
私はその時を、今か今かと待ちわびていた。
たかが電話を切っただけで、ここまで名残惜しいなんて。
今までこんな経験なかったかも…。
などと感慨にふけっていると、早速電話が掛かってきた。
私は即座に電話に出る。
「もしもし、朝霧君？待ってたよ」
第五回 AnotherView 遠山翠
相手が朝霧君だと信じきっていて、確認しなかった私が悪かったのか。
それとも、かけてきた相手のタイミングが悪かったのか。
受話器の向こうの相手は菜月だった。
「な、なつき？」
「うん、そう」
平坦な声で返事をする菜月。いつものような覇気がない。
そういえば昨日、菜月はミラノから帰ってきてたんだっけ。
こう言ったら悪いけど、すっかり忘れていた。それだけ、朝霧君に夢中だったということ。
お互いを確認した後は沈黙。何も喋れない。
もしかして、菜月は私と朝霧君が会っていたことに気付いた？
いや、気付くはずだろう。たぶん、朝霧君が私について何か菜月に話しているだろうから。
「えっと…な、何か用かなぁ…」
自分でもわざとらしいセリフだと思った。でも、この沈黙に耐えられなかったのもまた事実。
「そ、そそ、その…ゴ、ゴメンね。この前お店に来てもらったのにいなくて」
菜月も気まずいのか、セリフが思いっきりどもっている。
「ミラノ、行ったんだってね。ど、どうだった？」
とりあえず差し支えなさそうな話題を口にする。
が、菜月は答えてくれなかった。
「み、翠！」
「は、はいぃぃ！」
突然大きい声を出され思わず立ち上がってしまった。
「ご、ごめん。き…聞きたいことがあるの」
大声を出したことを謝ると、菜月は聞きたいことがあるという。
「えと…なんでしょう？」
なぜか敬語。というか、敬語じゃなきゃいけない気がした。
「最近、達哉と…仲がいいのね」
いきなり核心ですか。やっぱり気がついちゃうかなぁ。
「う、うん…そ、そうかも…」
少し前まで朝霧君とセットで『夫婦』と冷やかしていた菜月が相手なだけに、
どうしても答えに困ってしまう。そしてまた沈黙。
これから私は何を言われるのか。もしかしたら責められるんじゃないか。
菜月が朝霧君に対して好意をもっていることは周知の事実だ。
責められたらどう答えよう、などといろいろ考えていた。
「お、遅くにゴメンね。そ、それだけだから！」
と、菜月は唐突に電話を切ってしまった。
「え？菜月？」
ツー、ツー。
無機質な音だけ聞こえる。すでに電話は切れている。
「はぁー」
私は深い溜息をついた。まさか菜月からかかってくるなんて思ってなかった。
しかも、私の第一声があれだし…。
やっぱり変に思われちゃうかなぁ。
でも…。
多分、菜月は私の朝霧君への気持ちに気付いたと思う。
だったら、もう遠慮とかする必要ないかもしれない。
ライバル、になっちゃうのかなぁ…？
もしそうなったとしても、朝霧君は譲らない。
そっか…まいったな。私も重傷かも。