遠山翠ショートストーリー
「イタリアンズの散歩に行ってくるから」
俺はなかなか家を出るきっかけが作れず、苦し紛れにイタリアンズを連れて家を出た。
本当の目的はもちろん、遠山に会いに行くため。
俺ははやる気持ちを抑えつつ、3匹にリードをつないだ。
いつもと違うルートに戸惑いを見せるイタリアンズだが、その辺は賢い犬。
すぐに俺のルートに従う。時間は9時55分。
少し急がないと間に合わないな。
「走るぞ」
俺はイタリアンズを引っ張って商店街に向かった。
第七回
時間は10時ちょうど。商店街の入り口に遠山の姿はまだない。
商店街の半分程度しか店が空いていない時間なので、人影はまばらだ。
俺はベンチに座る。イタリアンズも迷惑にならないよう座らせた。
遠山は遅れてるのか？
前回は時間前に来ていた遠山。今日はその時間に間に合っていない。
何かあったのだろうか。まぁ、さほど時間は過ぎてないし、もう少し待ってみるか。
そういえば、遠山はどの辺に住んでるんだっけ？
最近よく顔を合わせたり電話をしていたりするが、実は遠山のことをほとんど知らない自分に気付く。
10分ほど遅れて遠山がやって来た。
「ご、ごめんね…遅れちゃった…」
荒い息をついて謝る遠山。
俺は彼女をベンチに座らせると、自動販売機ジュースを買いに向かう。
適当な飲み物を買って遠山に手渡した。
「あ、ありがと」
そう言って微笑む。遠山の呼吸は既に整っていた。
「ペットの散歩？」
「あぁ」
遠山は大きいカルボナーラから順にイタリアンズの頭を撫でる。
イタリアンズも大人しく遠山に撫でられていた。
「そっか、今日のことはペットの散歩のついでなんだね…」
一通り撫で終わると、『よよよ』と泣き崩れる遠山。
「い、いや…決してそういうわけじゃ」
俺は慌てたが
「あはは、冗談だよ」
泣いていたわけではなかったらしい。
く、こんな単純な手に引っかかるなんて。
ただ、大事な話をするのにイタリアンズを連れてきたのは、失敗だったかもしれなかった。
「ごほん…場所を変えたいんだけど、いいか？」
俺は咳払いをすると、一つ提案をした。
「うん、どこに行こうか？」
遠山も快諾してくれた。
「じゃあ、物見の丘まで」
「うん」
俺たちは物見の丘公園に向かった。
物見の丘に向かいがてら、遠山にイタリアンズのリードを持たせてみた。
意外なことに遠山は犬の扱いに慣れているらしく、暴れん坊な3匹を上手く操っていた。
いや、言葉にすると巧いといった方が正しいだろうか。
時にはしっかり押さえたり、時には一緒になって走ったり。
なかなかの巧者だった。
商店街を抜け、弓張川の土手を過ぎると公園に着く。まだ時間が早いせいか、人影は無い。
俺はイタリアンズのリードを離す。
イタリアンズたちは我先に、と言わんばかりに駆け出していった。
俺と遠山、本当の意味で二人きりになる。
「座ろうか」
俺は中央の池に面して設置してあるベンチに座る。
陽射しを遮るものはないが、日も高くはないので不快感はない。
「うん」
遠山は頷くと俺のすぐ隣に座った。
何から話すか。
昨日の夜、色々考えたんだけど、実際にその立場になると頭が真っ白になった。
「あの、さ」
先に口を開いたのは遠山。
「朝霧君って、彼女とかいる？」
「いや、残念ながら」
俺はかぶりを振った。
特定の誰かと付き合いたいという願望は特にない。
ただ、相手が遠山だったらと考え始めているのも確かなことだ。
「あのさ、私…朝霧君のこと嫌いじゃないよって」
「あぁ、この前聞いた」
電話でも言っていた。もっと前に、遠山が左門に来た時も。
「その、えっと…ね。むしろ、あ、朝霧君のこと…好きかな、なんて…」
そう話す遠山の顔は真っ赤になっていく。
遠山はそのままベンチを立ち、池のそばの手すりまで逃げるように駆け出した。
そうか、じゃぁ俺も言うべきことを言わないとな。
俺は立ち上がるとその後ろをついていく。
今度は俺が遠山のすぐ隣で、手すりに寄りかかった。
「なぁ、遠山」
「は、はい！」
俯いていた遠山が勢い良く顔を上げる。
「俺も…遠山のこと、好き、なんだと思う」
言った。
自分の顔が熱くなる。
時間が経つほど恥ずかしさが込み上げてくる。
な、何か言ってくれ…黙ったままだと俺も困る。
「え、えと…う、嬉しいかな、なんて」
おろおろし始める遠山。目にはうっすら涙すら浮かんでいる。
その姿を見て、彼女が急に愛おしくなった。
こういうときはどうすればいいんだろう、こんな経験初めてだから、勝手が分からない。
言うだけ言って、はいおしまい、なんてことにするには…ないよな。
こういうときは…どこまで進んでいいんだろう。
俺もおろおろし始めたとき、遠山が動いた。
ぎゅ…。
俺に抱きついてきた。
遠山は俺の胸に顔をうずめている。表情は見えない。
何か胸に熱いものが当たっている。泣いているのか？
「え、えへへ。嬉しいなぁ…」
涙声で話す遠山。俺も遠山に手を回し、抱きしめた。
トタトタトタッ。
想いを確かめ合っている俺たちに、なにやら足音。
俺も遠山も直前まで気付かなかった。
目を向けた時、既にカルボナーラが俺たちに飛び掛ってくるところだった。
その後ろから、アラビアータとペペロンチーノも同じように飛び掛ってくる。
「こ、こら。やめろ、お前たち」
「わ、わわ…」
体勢を崩した俺たち。俺はとっさに遠山をかばう。
ずしん。
俺が下敷きになり、その上に遠山。さらにその上にイタリアンズの大中小。
見事なまでのピラミッドだった。
「ご、ごめんな。遠山」
俺はイタリアンズを近くのベンチにリードでつなぐと、遠山に謝った。
感動的なシーンのはずなのに、妙な横槍が入ってしまった。
周りに誰も居なかったのも幸いだったかもしれない。
「ううん、いいよ。忘れられない思い出になるし」
遠山は服についた毛を払いながら笑った。
「怪我とかしてないか？」
「うん、大丈夫みたい。かばってくれたし、ね」
そう言うと、遠山はもう一度俺に抱きついてきた。
「えへへ、やり直しです」
遠山が満面の笑みで俺を見上げる。
「ん、そうだな」
俺ももう一度、遠山を抱きしめた。