遠山翠ヒロイン昇格記念SS

「ふふふ、みんな驚くかなぁ」
いつも外ハネしてる髪を夏休みのあいだ、ずっと伸ばしていた。
おかげで肩にかかるくらい髪が伸びてくれたんだけど。
気分転換というか何というか、まぁ翠さんもお年頃なのですよ。
今までショートカットだったから勝手が分からない部分もあるけど…。
とにかく、この2学期からはポニーテール翠さんが登場するのだ。
大雑把に髪をまとめて後ろでリボンで留める。
ポニテってこんな感じかな。うん、簡単簡単。
長さとしてはやや物足りないけど、しばらくすれば伸びるしね。
うなじ辺りがいつも以上にすーすーする、慣れかな。
さて、そろそろ時間だ。学園に行く準備っと。

「あづ〜」
日付の上では9月になったとはいえ、まだまだ暑い。
今日も朝の8時だっていうのに、ちょっと歩いただけで汗が噴き出してくる。
せっかく新しい髪形でばっちりキメてるんだから、少しくらい気を使ってくれてもいいじゃない。
なんて、朝からさんさんとする太陽を睨みつけた。
もちろん無駄な努力なので、学院までの道を陽射しを避けながら歩いていった。

お、あそこに見えるは麻衣と朝霧君じゃないかな?
第一のターゲットってところかしらん♪
「麻衣〜、朝霧く〜ん。おはよ〜」
私は小走りに駆け寄ると、二人の後ろから声をかける。
麻衣たちは同時に振り向いた。
「え…えと、おはよう、ございます…?」
麻衣が変な顔をしてこっちを見ている。その視線、なんか寂しいぞ。
返事はしたものの、語尾は疑問形である。
朝霧君も同じようで、明らかに『誰だ、コイツ』って顔してる。
「なぁ、麻衣。知り合いか?」
小声で麻衣に話している朝霧君。ってか、丸聞こえだってばさ。
「ううん、私も知らない人」
うわ、ひどっ!
二人の対応にいたくご立腹ですよ、翠さんは。
と、良い事を思いついちゃった。
「何を言っているの、朝霧君。私を『お嫁さん』にしてくれるって言ったじゃない」
「んな!?」
「だから私、麻衣のことも良く知っているのに」
夏休み後半は部活もなくて暇だったので、お昼のドロドロしたドラマを良く見てたんだ。
たしかこんな感じで迫ると、男の人は慌ててたっけ。
「……お兄ちゃん?」
ジト目で朝霧君を睨む麻衣。
「い、いや!知らん知らん!」
慌てふためく朝霧君だが、私はチャンスとばかりに追い討ちをかける。
「そんな!先週の夜、あれだけ熱く燃え上がったのに〜」
言った後に気付いた。さすがにこのセリフは無理があるかも。
もちろんそんなのはでっち上げなんだけど…。
「……お兄ちゃん、仁さんとどこに行ったの?」
…あら?適当に言ってみただけなのに、当たっちゃった?
「た、確かに酔って帰ってきたけど、そんないかがわしことわっ!?」
おろおろと麻衣に弁解を始める朝霧君。
「忘れたなんて、ヒドいわ。タツヤ」
私は朝霧君に抱きつこうと手を広げて迫る。
ついでに『タツヤ』なんて呼んでみちゃったりして。
「お、俺は無実だ〜」
が、朝霧君は私をするりとかわし、全力で走って逃げていった。
ちぇ、残念。

でも教科書通りの反応をしてくれた朝霧君に満足する私。
「遠山先輩、どうしたんですか?その髪型」
と、麻衣は何事も無かったように私に話し掛けてきた。
「なんだ、麻衣は気付いてたんじゃん」
「はい、3日に2日は聞いてた声ですから」
「あはは、そういえばそうだね」
確かにこの夏休みの間でも、部活で連日顔を合わせていたのだ。
声でバレてしまうのも、当然といえば当然かもしれない。
「でもいいの?朝霧君、行っちゃったけど」
「ええ、面白いから良いんじゃないですか?」
もう見えなくなった朝霧君の方向をみて笑う麻衣。
と、さっきのことが気になった。
「先週、何があったの?」
「仁さん…えっと、菜月ちゃんのお兄さんなんですけど、一緒に出かけたみたいで」
「ふんふん」
「夜中の2時過ぎに帰ってきたんですよ、しかも酔っ払っちゃってて」
その事を思い出した麻衣は少し口を尖らせてそう言った。
「だから、そのお返しです」
えへへ、と笑う麻衣。ちゃっかりしてるわね。
「麻衣、お主も悪よのぅ?」
「いえいえ、遠山先輩ほどでは」
どこかの時代劇で見かけるようなやりとりをした後、私たちは校内に向かった。


お、教室の前にいるのは菜月ね。
よし、第2のターゲットを発見〜♪
「菜月〜」
ちょっと離れた所から菜月を呼んでみる。
「ん〜」
声だけは私のものってわかったのだろう、返事がおざなりだね。
でも振り向いた先にいつもの私はいないのさ。
「あ、あれ?翠の声がしたと思ったんだけど」
あらあら、独り言なんか呟いちゃって。みんな見てるよ。
「気のせいかな」
首をかしげながら教室に入ろうとする菜月。
すかさず私はもう一度、菜月を呼んだ。
「菜月ってば〜」
「はいはい、って…あれ、翠?」
きょろきょろと辺りを見回す菜月。まだ気付いてません。
と、そこで私と目が合う菜月。一瞬だけ不思議そうな顔をしたけど…。
「うそ、あんた翠!?」
やっと気付きましたか菜月ちゃん、遅いぞ。
「おはよう、菜月。驚いた?」
「驚いたもなにも別人よ、翠」
文字通り目を丸くして驚いている菜月。
「そっかな?麻衣はすぐに気付いたみたいけど」
「だって、自分の顔見てきた?」
「もちろん。可愛いでしょ」
髪に手を当てて、ちょっと微笑んでみる。
「うん、ていうか凄く似合ってる。その髪型」
「えへへ、ありがと」
開いた口がふさがってないよ、菜月。
そんな菜月の反応を見て、やっぱり満足したのだった。
「そうだ、まだ朝霧君にはバレてないんだっけ」
「そうなの?」
「ってことで遊んできま〜す」
菜月に軽くてを振ると、教室に入って朝霧君の机に一直線。
「朝霧く〜ん、置いてっちゃイヤ〜」
「わ〜!勘弁してくれ〜」
呼びかけたのが今朝の謎の美少女(笑)だと分かると、朝霧君は突然立ち上がって
逃げ出そうとする。
もちろん私はそんな朝霧君を追いかける。
クラスのみんなも何事か、と私たちを注目していた。
が、いつの間にか私の後ろに来ていた菜月が私のリボンを解いてしまった。
「あ、こら!菜月!」
「翠、その辺にしなさい」
髪を降ろしちゃうとさすがに分かっちゃうかな。
朝霧君の様子をうかがう。
「翠って…遠山か?」
呆気に取られていた朝霧君はやっと言葉を発した。
「はい、遠山翠さんでした〜」
ドッキリのプラカードとかあれば、絶対にここで出すわね。
それがないので、Vサインを出してみる。
菜月からリボンを返してもらうと、もう一度ポニーテールを結う。
さりげなく差し出された菜月の手鏡で髪を調整っと。こんなもんかな。
で朝霧君に向き直ると一問一答。
「驚いた?」
「かなり」
「似合う?」
「…良いんじゃないか」
「私と菜月、どっちが可愛い?」
「の…ノーコメント」
「もう!あいたっ」
菜月に頭をパコンと叩かれた。どこから出したのよ、その杓文字。
「翠、余計なこと言わないの」
「いーじゃない」
「良くない!」
なかなかヒートアップする私たちだったが
「あー、お前たち、ホームルームを始めるから席についてくれんか」
チャイムと同時に教室に入ってきた宮下先生が申し訳なさそうにそう言ったので中断。
「ところで、お前はどこのクラスの生徒だ?早く教室に戻れ」
「いえ、私は遠山翠です」
宮下先生にも別人扱いされる所まで予想していませんでした、はい。


「はふぅ…疲れたぁ」
私はゆっくり湯船に浸かると、深い息を付いた。
クラスの中で、ポニテにした私にすぐに気付いたのは半分くらいだった。
やっぱり声で判断したって人ばっかり。
自分ではそんなに変わったって思ってないんだけど、気付かなかった人たちは
口をそろえて『別人』って言ってた。
吹奏楽部の子達も似たような反応だったし。
逆に途中から気付いてもらえない方が寂しくなってきちゃったくらいもん。
…でも、嬉しかったな。
『似合う?』
『…良いんじゃないか?』
えへへ。朝霧君との会話を思い出すと、つい頬が緩んでしまう。
よく考えれば朝霧君って、まともに私の顔を見てなかったよね?
照れちゃってたのかな、私を見てドキドキしてくれたのかな?
少しでも私を『気になる女の子』って見てくれたら嬉しいな。

「よ〜し、明日からも女を磨いちゃうぞ!」


〜あとがき〜
新翠さんは別人だと思います>挨拶
や、冗談抜きで似合ってました。翠のポニテ。
背中までかからないってのも、旧作と違った形で良いですね。
PS2版発売後は、人気投票の再実施を切に希望しますよ。

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