D.C.U SS アイコンタクト

「た、たまりませんなぁ、義之さん」
「その不審者の目つきはやめておけ」
俺たちのクラスは体育の授業だったのだが、男子は思いのほか早く終わってしまったので
休憩がてら、というか渉の希望で女子のバスケットを眺めていた。
「茜なんか、どっちがボールでどっちが胸だかわかんねーぞ」
「いや、分かるだろ」
俺は無駄に興奮する渉を放っておき、ストップウォッチ片手に椅子に座る杏に目をやった。
杏はお世辞にも身体が強いとはいえない。体育を見学することも多いほうだ。
特にバスケのような身長がものをいう競技の場合、杏は自主的に見学している。
本当にやりたくないのか、他に迷惑をかけたくないからなのかは分からない。
と、その杏と目が合った。
一瞬だけ渉に目をやり、すぐに俺に視線を戻すと不敵に笑った。
『あんたも渉と同類なのね』
と目が語っていた。
そんなつもりは更々ないのだが、濡れ衣を着せられたような気がしてどこか悔しい。
『コイツと一緒にするな』
俺も一瞬だけ渉に目をやると、反論するような視線を投げ返した。
俺の意思が通じたのかどうかは知らないが、杏は納得するように頷いた。
と、続けて杏が何かしらメッセージを送る。
『隣のバカ、どうにかならないの?そんなのに付き合ってると、あんたにもバカが感染るわよ』
という解釈になったんだが、まぁ当たらずとも遠からずだろう。

『まぁ、あと5分くらいだ。我慢するさ』
『でも義之も同類って思われるのは間違いなさそうね』
『んな心外な』
『だって他の男子はもう教室に帰ってしまっているもの』
俺は一度、周りを見渡した。確かに後片付けをしている連中以外はもう誰もいない。
この授業が終われば昼休みなのだ。まだ空いている学食にさっさと向かっているに違いない。
『それとも私が出るのを待ってたりする?』
『いや、そんなことはないが』
『私が参加して、ドジったら萌えるかしら』
『萌えとか言うな』
『ふふ、好きなくせに』
杏は一度ストップウォッチに目を落とした後、
『3分だけなら出てあげてもいいわ。義之のために、ね』
『無理して倒れられても後味が悪い。やめてくれ』
『別に。見学の理由は体調不良じゃないもの。大丈夫よ』
『……まぁ詳しくは聞かないでやる。とりあえず、やめとけ』
『そう?残念』

キーンコーンカーンコーン
ほどなくして授業終了のチャイムが鳴った。
同時にバスケの審判も笛を吹いて終了の合図をする。
『お疲れ様、だな』
『そうね、じゃぁまた後で』
俺が立ち上がると、杏は小さく手を振った。俺も手を上げてそれに答える。
「渉、教室に戻るぞ」
「おう、眼福眼福」
たいそう満足そうな渉に俺はため息を付いた。

「義之」
「おう、お疲れさん」
学食に向かおうとしたところで、杏がちょうど教室に戻ってきた。
せっかくなので雪月花を学食に誘おうとも思ったが、小恋と茜は一緒じゃないのか。
「はい、約束の品よ」
そう言って杏は手に持っていた、真っ白い生地の何かを手渡した。
「ん?なんだコレ?」
「何って。私の体操着に決まってるじゃない。脱ぎたてを持ってきたわよ」
思わず広げてしまった、サイズ的に杏の体操着と思われるそれ。
ほんのり温かい。まだ杏の体温が残っているようだった。
「うふふ、義之も好きねぇ」
そう言って、どこか楽しそうに杏は笑っている。
って、そうじゃねー!
「なんでそんなもん持ってくんだ!」
杏は不思議そうな顔をすると、小首をかしげた。
「だって、さっきアイコンタクトでそんなこと言ってたじゃない」
「言ってねーよ!!!」
どこをどう間違えば、そんな伝わり方をするんだ?
「あら、違ったのかしら。小恋のほうだった?必要なら取りに行くけど」
「だからそんなもん、持ってくんなよ」
こういう時だけ杏は無駄に親切な気がする。
「義之、杏、学食行こうぜ〜」
そこへ、このタイミングで一番厄介な渉が割って入ってくる。
「ん?なんだ、体操着か。早く片付けろよ。俺腹減った〜」
「あ、あぁ」
事が大きくならないよう注意を払いつつ、体操着を杏に押し返そうとする。
が、いつの間にか杏は俺から少し離れた場所に移動していた。
これでは渡そうにも渉に見つかってしまう。
ひとまずこの場を回避するにあたり、俺は杏の体操着を丁寧にたたむと、机の上に置いておく。

と、少し離れていた杏が俺の元に戻ってきて、小さく囁いた。
「とりあえずそれは明日まで貸してあげるわ。使い終わったらちゃんと洗ってね」
『使い終わったら』って、俺にコレをどうしろと。
使ったら使ったで、洗ったとしてもまたこれを杏が着るのか。
それはそれで…って、なに考えてんだ、俺!?
「小恋と茜が待ってるわ。義之、早くして」
「お、おい。待てって」
そのまま教室を出て行こうとする杏と渉を俺は追いかけた。


〜あとがき〜
さて、義之君は杏ちゃんの体操着をこのあとどうするのでしょう(笑)
初音島文学賞用にと書いた最初の作品でした。
当初は2100文字ほどで出来上がったのですが、後半を書き換えて
2000文字以内に詰め込みました。当初の文は下のほうに掲載されます。
挿絵付きにすると、絵を用意しずらいかなと思ってボツにしました。

2006.08.24

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