D.C.Ⅱ SS 杉並さつじん事件 前編
「疲れた～」
無駄に長い始業式がやっと終わり、教室に帰ってきた。
俺はぐったりと机に突っ伏す。
夏休みに入って不規則な生活が続いていたので、昨日の夜は眠れなかった。
空が明るみ始めた頃にようやく眠りについたのだが、幾ばくもしないうちに
目覚まし時計にたたき起こされたのだった。
「どうした、桜内。夏バテか？」
そんな俺に早速、話しかけてくるヤツがいる。杉並だ。
「いや、ただの寝不足だ」
「ははは。鍛え方が足りないんじゃないか、桜内」
「そうかもな」
俺はぶっきらぼうに答えた。というか、なぜこんなに元気なんだ、杉並のヤツは。
こっちは眠いんだからそっとしておいて欲しい。
「そ～んな桜内君に朗報だ。これを飲んでみないか？」
コトリと、机に何か置かれた。
遮光性の高い、ドリンク剤などに使用するような茶色い小瓶だった。しかも3本。
「なんだ、栄養剤か？」
「あぁ。俺特製の栄養剤、その名も『スギナミンC』だ。眠気なんか10秒で吹っ飛ぶぞ」
う、胡散臭すぎる名前だ……。
それに違うものまで吹っ飛びそうな気がする。
「俺の夏休みはこの『スギナミンC』のためにあったと言っても過言ではない」
聞きもしないのにそんな話を語り始める。
俺は疑わしげに杉並を見た。自信満々な表情がそこにはあった。
「悪いものは入っていない。板橋に飲ませたら100mを5秒で走り抜けたぞ」
ククっと思い出し笑いをし、唇の端を上げる。
「それってマズいんじゃないか？」
「ん？まぁ、成分を追及したからな。味の方は保障しかねるが」
「いや、その不味いじゃなくてな」
誰も味のことなど聞いていない。
俺は無視を決め込もうとしたが、杉並もしつこく食い下がる。
「で、飲むのか？いや飲め」
「命令かよ」
「飲んだ後、A4用紙10枚にレポートを書いてもらうからな」
「かったるいなぁ」
ワケ分からん飲み物を飲まされて、挙げ句レポートまで書かなきゃならんのか。
仮に効果があるものだとしても、面倒くさい。
渋る俺に杉並は強硬手段に出た。
「ふぁいと～いっぱ～つ！」
や、それCM違うだろ！
杉並は左手で俺の頬を押さえつけ口をこじ開けようとする。
「おい、す、杉並。やめろ！」
杉並は無理やりその『スギナミンC』を飲ませようとする。
男同士が絡み合う姿を見て、みんな敬遠して誰も注意しない。
杏はさりげなく小恋の席に非難してるし。
うわ、茜に写メられた！
俺が一瞬、茜に気を取られた隙に、小瓶が口にねじ込まれる。
「ぐえぇぇぇ。まじぃ」
のどに張り付くような、ドロリとした液体が流れ込んでくる。
一度口に入れたものを吐き出すわけにも行かず、そのまま飲み込んでしまった。
確かに味の方はひどく、薬品臭が口の中を満たしている。
「飲んだか？飲んだな？よし。レポート提出は3日後だ。期待しているぞ桜内」
顔をしかめる俺とは対照的に、爽やかに笑う杉並。
「どうだ？眠気なんて吹っ飛んだろう？」
これでもかと言わんばかりに偉そうにしている。
「あぁ、あまりの不味さにな」
少なくとも、薬の成分で眠気が飛んだとは言いがたい。
皮肉を込めて言ったつもりだが、杉並はこれっぽっちも悪いと思っていないようだ。
「ときに桜内。軽くジャンプしてみろ」
「は？それに何の意味があるんだ？」
俺はワケがわからず、一応ジャンプしてみる。
びょい～ん。
「おおぉぉ！！！」
軽く跳んだつもりなのに、ゆうに杉並の身長を越えるほど跳んでいた。
手を伸ばせば教室の天井にも手が届きそうだ。
遠巻きに俺たちを見ていたクラスの連中も、俺のことを驚いた表情で見ている。
あの杏ですら、ぽかんと口を開けて俺を見上げていた。
しかし感動的な高さまで跳び上がるということは、次はもちろん落下するわけで。
ずん…！！
「ぐあ」
着地の衝撃はそのままだった。
「さすが、俺が考案した『スギナミンC』。効果はバツグンのようだな」
うんうん、と頷く杉並。
足首と膝にきた。できれば耐久力も上げて欲しかった。
そんな俺をよそに、ニヤリと笑う杉並は続けて言った。
「よし、次は思いっきりジャンプしてみろ」
「絶対に死ぬわ！」
ビシッ！
「ぐおっ！」
俺は軽くツッコんだつもりだったのだが、杉並は5mは吹っ飛んだ。
「あ……」
杉並自身も、これは誤算だったのかもしれない。
教室の扉を巻き込んで吹っ飛び、さすがの杉並でも起き上がれないようだ。
～あとがき～
続きは明日にでも掲載します。1話じゃ終わんなかったヨ。
ってか、なんだか分かんないＳＳになってきました。
とりあえず「スギナミンC」の響きが良かったので使ってみたかった。
2006.09.04