D.C.U SS 杉並さつじん事件 後編

「お、おーい。杉並く〜ん、生きてる〜?」
恐る恐る近づいて声をかけるが、返事はない。
まぁ杉並のことだ、後で勝手に起き出してくるだろう。
「ふむ。ただの屍のようだ。みんな、安心していいぞ」
俺がクラスの連中に声をかけると、みんなは何事もなかったかのように
雑談を始めた。
「桜内、教室のドアは直しておきなさいよ」
委員長から叱責が飛ぶ。
「はいよ」
俺は杉並をポイっと放り投げると、外れていたドアを直して席に着いた。
無駄に筋力が上がってる分、杉並を片手で持ち上げることは容易かった。
なんだ、意外と便利じゃん。

その後も杉並は倒れたままだったが、誰も気にすることなく帰りのHRも終わる。
注意しない先生もどうかと思うが。
「杉並、いつまで寝てるの?さっさと起きなさいよ」
掃除当番の委員長が、相変わらず動かない杉並をホウキの先で突っつく。
しかし杉並はぴくりともしない。
「ちょっと、杉並!聞いてるの?」
業を煮やした委員長は、うつぶせの杉並の肩を掴んでひっくり返した。
まるで本当に死んでいるかのように、だらりと転がる杉並。
「ひ、ひぃ!」
杉並の顔を見た委員長が、妙な声を上げて尻餅をついた。
どうしたことかと、クラスの連中の視線が委員長に集まる。
委員長は杉並を指差して
「す、杉並が……つめ、冷たくて。い、息してないかも」
真っ青な顔をして、後ずさる委員長。
ざわざわ。
委員長の言葉に、さっきまで無関心だったクラスメートもざわつき始めた。
おいおい、マジかよ。
俺も当事者なだけに、さすがに焦ってくる。
『突き飛ばされたクラスメートが死亡』
新聞の一面はないだろうが、地方欄のトップくらいは飾るかもしれない。
冗談じゃない。俺は仰向けに倒れている杉並に近づいた。
「お、おい、杉並。冗談だよな?」
ぺしぺし。
軽く頬を叩いてみる。が、もちろん返事はない。
逆に、血の気の失せた頬の冷たさが手のひらに返された。
ぺしぺし。
もう一度叩いてみる。人間の体温とは思えないくらい、冷たい頬だった。
嫌な汗が背中を伝う。マジなのか、これ。
意を決して俺は首筋に手を当てた。
一番太い血管、頚動脈が通っている部分。
「……」
周りも固唾を飲んで見守っている。
「ど、どうなの桜内」
震える声で委員長が聞いてきた。
残念ながら、杉並の体から生命の鼓動が感じられない。
俺は小さく首を振った。
いったん静まり返った教室が再びざわつき始めた。
『どうすんだよ』とか『先生呼んだ方が』とか、みんな当然のことを
口にしはじめた。
ショックのせいか、すすり泣く女の子の声も聞こえている。
俺は立ち上がると一番冷静そうな杏に声をかけた。
「杏、こういう時はどうしたらいい?」
杏は少し考えた仕草をした後
「とりあえず救急車を呼んだ方がいいわね。心肺停止でもまだ蘇生する
可能性がなくなったわけじゃないわ」
「そうだな、それと先生を。小恋……は無理だな。茜、頼めるか」
「了解」
明らかに腰が抜けている小恋に頼まず、茜に任せることにする。
「渉、保健室に行って担架を借りてきて」
「おう、任せとけ」
俺と杏で各自に指示を出して、それぞれが行動に移ろうとしたその時。


「ふふふ、ふははは!」


あまりにも場違いな高笑いが教室に響いた。
何事か、と辺りを見回すが声の元は予想外の所から聞こえた。
動かなかったはずの杉並が声を上げている。
さっきまで閉じていたはずの杉並の口が嫌らしく歪んでいた。

まじかよ。
確かに杉並の肌は人のものとは思えないほど冷え切っていた。
それに、血管の動きだってなかったはずだ。
杉並はゆっくり立ち上がると高笑いをした。
「どうだね、諸君。俺の擬態『死んだふり』は完璧だったろう」
そのまんまじゃねーか。しかも擬態レベルじゃねーよ。
この程度で死ぬようなタマじゃないとは思っていたが、リアリティを
出しすぎである。
杉並は自分の頬を軽く叩く。
「ふむ、こんなものか」
すると不思議なことに、青白い顔にみるみる赤みが差していく。
どうなってんだ、あいつの身体構造は。

一部の連中はまだ状況を把握できていないようだが、どうやら
杉並は無事らしい。
そして杉並は周りをぐるりと見回すと委員長を見て
「ときに沢井嬢。スカートはきちんと押さえた方が良い」
「??」
俺も委員長の方に顔を向けた。
杉並の言葉を理解できていない委員長の顔がそこにあった。
続いて杉並の言う、スカートに目を向けると。
「あ」
委員長は尻餅をついてひざを立てている格好なので、他の連中からは
死角だがちょうど俺らの位置からだと下着が丸見えなのである。
俺の視線に気付いたのか、委員長はすかさずスカートを押さえつける。
「あ、あんたたち〜」
地の響くような低い声で委員長。
言うまでもなくキレている。
「この程度の擬態も見破れないとは。まだまだだな」
「ふん!」
高笑いする杉並に委員長はホウキを投げつけた。
しかし、それを分かっていたかのように、するりとかわす杉並。
「この程度で腰を抜かされては困る。いずれ本場のホラーを堪能させてやろう」
ワケの分からない言葉を残して杉並は走り去った。
「杉並〜!ぶっコロ〜ス!」
投げたホウキを引っつかむと委員長は杉並の後を追いかけていった。
呆気に取られる俺たち。

「で、結局なんだったわけ?」
と、杏が顔色ひとつ変えず聞いてきた。
「まぁいつもの遊びの一環だろ」
「そ。杉並が死んだわけじゃないのね。残念」
その表情からは何も読み取れない。
案外、本当に残念がっているのかもしれない。
「それより義之、演劇部に付き合わない?」
「ん?なんで?」
「今の義之は力持ちなんでしょ?ちょうど男子の手が欲しかったところなの」
「この効果がいつまで持つか分からんぞ」
「分かってるわ、でもしばらくは大丈夫でしょ」

結局、俺は演劇部に力仕事要因として招待された。
俺が舞台用具を軽々と持ち上げる姿を部員たちは感嘆の表情で見ていた。
顧問の先生には『また頼むよ』なんて言われたけど、またはないと思う。
まだ開いていないスギナミンCが2本あるはずだが、絶対に飲まないだろう。

杏、結局お前が一番得したな。



〜あとがき〜
そしてクリパのお化け屋敷へ続……きません。
予想以上に長くなっちゃった、てへ。

2006.09.05

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