D.C.Ⅱ SS 美夏のロケットパンチSS
ここは風見学園の保健室。
室内で水越舞佳と天枷美夏が向き合って座っていた。
「改まってどうした、美夏。そんなに真剣な顔をして」
「博士、実は相談があるのだが」
思いつめたような表情で話す美夏に舞佳はやさしく言った。
「ふむ。言ってみな」
「ろ、ロケットパンチが欲しいのだ！」
美夏の言い出したことに舞佳は困惑していた。
どこでそんな情報を仕入れてきたかは知らないが、ロケットパンチが欲しいという。
その名で思いつくものは一つしかない、間違いなくそれなのだろう。
しかし、そんな攻撃的なものはロボット3原則に反するもの。
それに、美夏はロボットとはいえ女の子である。
返事を保留したものの、どうしたものかと頭を悩ませる舞佳だった。
その週の日曜日。
美夏は天枷研究所内の手術台の上にいた。
本来はμをバージョンアップさせるためのベッドである。
ベッドから幾本もの細長いコードが多くのコンピュータに繋がっていた。
「それじゃあ美夏。とりあえず片手だけだからね」
室内にいるのは舞佳のみ。
美夏の存在を公にできないため、舞佳が一人で手術をすることになった。
「お、お願いします」
頼んだ本人の美夏もさすがに緊張しているらしい。
舞香は美夏の左腕の肘辺りに執刀した。
本物の人間の肌と遜色ない美夏の肌。
そこに一本のメスが食い込む。
美夏の肌から血が少しだけ滲んだ。
ロボットとはいえ、人間に非常に近く作られた美夏には、血液に似た
成分の液体が体内を循環している。
しかし今は血液循環機能をオフにしているため、出血はほとんどない。
やがて美夏の腕の中から細いコードが何本も見えた。
舞佳は設計図と照らし合わせながら、丁寧にコードを切り離していく。
もちろん美夏の設計図などは存在しないから、μの設計図を参考に
行き当たりばったりの手術である。
しかし、そこは第一線のメカニスト。
ほどなくして、美夏の左腕は肘から下が完全に切り離された。
「なんか、不思議な感じなのだ」
自分の左腕を動かしてみて、そんなことを口にした美夏。
痛覚プログラムをオフにしている現在、美夏は痛みを感じることはない。
だから人間のように麻酔をする必要もないし、肘から下を切り離された
左腕も自由に動かすことが出来るのである。
「取り付けるのは、コードで巻き取るタイプだが良いな？」
確認というより、念を押すように言う舞佳だが
「ううむ、本当は名前の通りロケットブースターが欲しかったのだが」
美夏は少しだけ不満そうな表情を浮かべた。
「そんなもの付けたら、死人が出るわよ」
「美夏を愚弄する者なら構わない」
「構わなくない、構わなくない」
どこまで本気か知らないが、美夏のセリフに苦笑する舞佳。
「パンチをなくしたら、2度と作ってやらないからそのつもりで」
コード式だからなくすことはまずないのだが。
「わ、分かった」
美夏は神妙に頷くと再び横になり目を閉じた。
約2時間の改造手術が終わり、縫合も済ませた美夏はゆっくりと
上体を起こした。
軽く左手を動かしてみる。指先まできちんと動いた。
特に問題はなさそうだ。
「試しに一発打ってみる？」
「あぁ。どうやれば良いのだ？」
本来は試射も遠慮願いたいところだが、舞佳本人もその成果を
見てみたいらしい。
「肘の下に小さなボタンがあるでしょ。その赤い方を押せば飛ぶわ」
「うむ、これだな。どれどれ」
「こらこら、人に向けて打つんじゃない！」
パンチの飛距離は約5m。まずまずの長さだった。
どういう原理でパンチが飛ぶのかは不明だが、美夏はその出来に
満足していた。
さて、飛ばしたからには元に戻す作業が必要である。
「戻す時にはどうすればよいのだ？」
「さっきのボタンの隣の青い方。それを押せば巻き取ってくれるわ」
「なるほど」
美夏は早速、言われたボタンを押した。
舞佳がまだ話しているというのに。
「ただ、ある程度、自分でコードを戻しておかないと……」
「うご」
パンチが勢いよく戻ってきた弾みで、美夏の顔面を直撃した。
「言わんこっちゃない」
舞佳は頭を抱えた。
パンチを鼻にしたたか打ち付けて、うずくまっている美夏を見ていると
きっと何か事件を起こす、そういう予感がひしひしと伝わってきた。
1日目
ロケットパンチが1Fと3Fの廊下の窓ガラス合計3枚を突き破る
コード巻取り中、女子生徒の足に絡まり転倒。全治3日の軽傷
2日目
男子生徒の顔面に命中。全治1週間の打撲、及び要カウンセリング
コード巻き取り時、コードが絡まってしまったためコードを取替え
パンチ発射に伴うバナナミンの極端な浪費が発覚
3日目
学食でパンチが暴走。机2台、椅子5脚が破損。男子生徒2名が軽傷
関節パーツの損傷により肘と手先のコードも一部断裂
巻き取り時に使用する回路の一部が高負荷によりショート
放課後、生徒会にロケットパンチ禁止令の署名が届く
4日目
早朝、生徒会が学園にロケットパンチに対する意見書を提出
学園側もこれを承認
ロケットパンチ発射禁止令、AM8:30より施行
「まぁ、妥当な措置だな」
学園の掲示板に張り出された『ロケットパンチ禁止令』の文字を見て
舞佳は一つ頷いた。
「そ、そんな。まだほんの数日しか経っていないのだぞ」
「その数日でいくつの問題を起こしたと思っている」
ジト目で睨む舞佳。
美夏絡みの問題は彼女が一人で片付けているのである。
怒るのも無理はない。
「そ、それは……」
自覚はあるのだろう、何も言い返せない美夏。
しばらく黙っていた美夏だったが
「も……元に戻してください」
「言われなくてもそうするさ」
ロケットパンチはわずか3日でその役目を終えたのだった。
～あとがき～
イル○ァパーンチ（人違いだし飛びまもしせん）
ひどく人間っぽく作られている美夏です。
某シーンではしっかり出血してますね、よくできた娘です（謎）
ところで、舞佳さんにはそんな設定も特技もなかった気がしました、まる。
2006.09.20