D.C.Ⅱ SS 美夏のドリルSS
秋の色が濃くなり始めた10月某日の放課後。
2年B組の教室で雪村杏と天枷美夏が向き合って座っていた。
「で、美夏。相談って何かしら」
「その、例の計画とは別の話になるのだが」
言いにくそうにする美夏に、杏は促した。
「とりあえず話してみなさい。詳しいことはそれからよ」
ちらちらと杏に目をやる美夏だが、一度頷くと
「う、うむ。その……ど、どりるが欲しいのだ！」
恥ずかしそうに帽子を目深に下げ、やっとのことで口にする。
予想外の言葉に杏は言葉を失う。
「……」
しかし、そこは杏。冷静に対応する。
「ドリルって、どのドリル？」
「その、先が尖っててぎゅるぎゅる回るやつなのだが」
「ふむ……」
杏は人差し指を口に当てて、少し考え込んだ。
しばらくの沈黙の後、杏がゆっくり口を開いた。
「たぶん出来なくはないと思うけど、何に使うの？」
出来なくはないのか、この娘は。
「この前のロケットパンチは失敗してしまったから、新しいものに挑戦……」
もじもじと自分の膝元を見つめながら話す美夏。
しかし、杏は冷めた口調で答えた。
「やめた方が賢明よ。それに今回はタダじゃないわ」
例の事件を知らない杏ではない。
わずか数日で校舎の各所を破壊したロケットパンチは有名である。
しかし前回のロケットパンチの工費が無料だったことの方が驚きだ。
「う、うぐ」
美夏は言葉に詰まる。
「多少の額はどうにかなるけど、やっぱりそれなりに必要になってくるわね」
美夏の世界征服計画と同様、それなりにお金が必要になる。
「まぁ、ある条件を飲めば破格の値段でやってくれると思うのだけど」
言い返せない美夏を見て杏はため息を付くと、打開策を打ち出した。
「条件、ですか？」
美夏は首を傾げる。
「えぇ。いわゆるモニターってこと」
モニター
※新しく開発された商品の品質や、サービスについて意見を述べること。
また、それを依頼された人。
「えっと、それだとどのくらいになるのでしょうか」
藁にもすがりたい美夏。
「そうね、このくらいかしら」
杏はどこからか取り出した電卓のキーを叩いて、数字を美夏に見せる。
「も、もう少しどうにかなりませんか、杏先輩」
提示された数字は一般の学生であれば払えなくはない、破格の数字だった。
しかし、美夏はロボットであり天枷研究所の世話になっている身。
自由に使えるお金など、たかが知れているのだ。
「一応、話はつけてみるわ。でも、あまり期待しないで」
「は、はい！よろしくお願いします」
立ち上がり思いっきり頭を下げる美夏。
杏はあまり表情を変えずに美夏を先に帰すと、携帯電話を取り出した。
「もしもし、杉並？雪村だけど」
3日後。
「美夏、ちょっといい？」
昼休み、学食で美夏を見つけた杏は彼女に声をかけた。
「なんですか、杏先輩？」
「例の件、目処が立ったわ。もうパーツだけなら出来てるそうよ」
「ほ、ほんとですか！？」
思いのほか早く届いた吉報に美夏は目を輝かせた。
「えぇ、使い方はまた放課後に説明するから、あとで教室に来て」
「はい！ありがとうございます！」
大仰に頭を下げる美夏を見て、杏はほくそ笑んだ。
その放課後。
「簡単に言うと、使いたいときに呼び出せば飛んでくる仕様だそうよ」
杏が取扱説明書を片手に、キーボードを叩いている。
開発チームのサーバにアクセスして、設定登録などをしていた。
すぐにドリルを使うことも可能らしいが、今は特に使うこともない。
前回の失敗を考慮して、ここぞという時以外は使わないことに決めた。
「ど、どんなのが飛んでくるんですか？」
「ふふ、それは呼んだ時のお楽しみね。でも威力は補償するわ」
楽しそうな杏の表情に、一抹の不安を持った美夏。
しかし相手が杏である以上、詮索はできなかった。
そんなある日。
ついに、美夏がドリルを呼び出す時が来た。
「桜内、貴様……美夏を愚弄したことを後悔させてやる！」
「別に『ホントはバナナが好きなんだろ』って言っただけじゃないか！？」
いつものように軽く茶化した義之だったが、この日は美夏はそれを受け流さなかった。
「聞いて驚け、これから美夏は”あるモノ”を呼び出す」
高らかに宣言する美夏、どこか楽しそうなのは気のせいか。
「たぶん死ぬこともあるかもしれないが、きっと事故だ。覚悟しろ」
「『たぶん』とか『きっと』とか、お前も分かってないんじゃないか！？」
「問答無用！美夏ドリルよ、来～い！」
「美夏ドリル！？」
美夏が叫ぶ。すぐには何も起こらない。
いきなり謎の単語を宣言され、困惑する義之。
遠巻きに見ていた外野も何のことか、と首をかしげている。
しかしどこからか聞こえ始めた、耳に障る高音。
飛行機が上空を通り過ぎる時のような感覚。
音がだんだんと近づいてくる。
美夏が窓に目をやった。つられて義之も窓の外を見る。
遠くから何か迫ってくるのが見えた、ものすごいスピードで。
美夏がニヤリと笑った。あれが美夏ドリルなのか。
一同、固唾を飲んで状況を見守る。
目ではっきり確認できるようになった直後。
がっしゃ～ん
そのドリルとやらはけたたましい音を立てて窓を突き破り、美夏の鼻先をかすめて
すぐ隣に突き刺さった。
大きさにすれば50cmほどのドリルが廊下に穴を開け、まだギュルギュルと
不気味に回転音を発している。
さすがの美夏も驚きを隠せない。いや、美夏が一番驚いたのではないだろうか。
確かに凄まじい威力を誇っている。
ドリルとしては最高峰のものなのかもしれない。
しかし着地があと数cmずれていたら、このドリルは美夏を直撃していたのだ。
直後、何事かと野次馬生徒や教師陣が集まってくる。
その中にはもちろん水越舞佳も含まれている。
舞佳は野次馬を押しのけて、美夏に近付いた。
「美夏、なんだこれは？」
美夏の視線にあわせ、腰をかがめて舞佳。
うっすらと浮かんだ笑みが逆に怖い。
「こ、これは……」
美夏は言葉を返す余裕すらなかった。
「まぁいい。ちょっと来てもらう」
あっという間に美夏は御用となった。
「ふむ、威力は問題ないようだが」
「改良の余地ありありね」
騒動に紛れて杉並と杏が遠くから二人を見ていた事を知るものはいない。
～あとがき～
ドリルは男のロマンです。
杏が杉並に電話をするところは完成直前で付け加えました。
まぁ杉並ならなんとかしてくれるだろう、と。
自分としては不満の残る内容ですが、時間がないので仕方ない。
2007.03.02