D.C.Ⅱ SS バレンタインの悲劇
2月14日。
言わずと知れたバレンタインデーである。
今日はビシっと決めるぜ！
「おはようさん」
バスに乗り合わせてきた杏と茜に声をかける。
「おはよう」
「おはよー」
俺はつい二人を見つめてしまう。
ほらほら、今日は2月14日だよ。
何か俺に言うことがあるんじゃないかい？
「渉君、どうしちゃったの？そわそわして」
俺を不思議そうな顔で見る茜。
やべ、態度に出てたか。も、物欲しそうにしてちゃいけないよな。
「い、いえ？なんでもないですよ？」
「声が裏返ってるわ」
杏に冷静に指摘される。
お、落ち着け俺。と、そこに杏の神の、いや女神の一言。
「そんなにチョコレートが欲しいの？」
「欲しい！欲しいです！」
俺は即答した。落ち着いてなんかいられるか！
大きな声を出してしまい、周りの視線が集中する。
しまった、今の俺ちょっと格好悪い。
「バスを降りたらあげるから、もう少し待ちなさい」
「はい！待ちますいくらでも待たせていただきます！」
今度は声をセーブした。
義理だろうがなんだろうが、チョコレートをもらえる喜びでいっぱいだった。
時間的には10分ちょっとバスに乗っていたのだが、今日は何時間にも感じられた。
バスを降りるとさっそく。
「仕方ないわね。ほら」
杏がカバンから丁寧にラッピングされた小箱を取り出す。
「ここで渡しちゃうの？それじゃ私からも」
茜もそういってチョコと思われるものを取り出した。
あぁ、女神が二人ここにいる。生きてて良かった。
去年は俺だけ違うクラスで小学校以来のチョコレートゼロを記録してしまったからな。
身内以外のチョコは実に2年ぶりなのだ。
「私のは手作りだから、良かったら食べてみて？」
「マジか？」
杏にそういわれ、俄然期待が増す展開ですよ！
そうかそうか、ああ見えて杏は俺のことを。
いつもの毒舌も愛情の裏返しだったんだな、今なら理解できるぞ、うんうん。
俺は一人納得すると早速杏のチョコを口にした。
「ん？なんか妙に大人の味だな」
なんというか、ちょっと酒っぽい味がする。
っていうか美味ぇな、これ。
「ブランデーを混ぜてみたんだけど、どう？」
「美味しゅうございます、杏様」
あまりの美味しさに目から鱗が零れ落ちる。あぁ、幸せだ俺。
ここが通学路じゃなければ土下座してでも感謝したいところだった。
「味に問題なし。あとは経過を見て、ね」
「ん？何のことだ？」
続けて3つばかりチョコを口に放り込む。
そのとき杏は俺を見て何か呟いたが意味が理解できなかった。
「なんでも。こっちの話だから」
「杏ちゃん、ブランデー混ぜたんだ。すごいね」
はぐらかされた気もするが、茜が話に割って入ってきて有耶無耶になってしまった。
まぁいいか。その何かをたくらむ様な微笑も俺への愛情のうちなんだな、うん。
そんな雑談をしながら校舎へ続く桜並木を歩いていった。
カバンを席に置くと、つい一人の女の子の姿を探してしまう。
月島は……まだ来てないか。
ん？ちょっと腹の具合が良くないな、さっさと済ませてくるか。
～あとがき
１～
さて、渉の身にはいったい何が起きたのでしょうか？
しかしまぁ杏ってば策士だね。引っかかる渉もどうかだけど。
ちょっと時間が出来たので、おまけ話でした。
「なぁ杏、渉のやつ何があったか知ってるか？」
げっそりしたまま机でくたばってる渉を見て杏に聞いてみた。
今日がバレンタインデーだということでかなり意気込んでいたはずだが。
バス通組の杏なら何か知っているかもしれない。
「さぁ、何か変なものでも食べたんじゃないの？」
杏も首を傾げていた。うーむ、謎だ。
「それより義之、バレンタインチョコよ」
「あ、あぁ。サンキュ」
杏からチョコレートを受け取る。
「あれ？杏ちゃん、渉君にあげたのと違うね」
と、やはりチョコを片手に持った茜と小恋も寄ってきた。
「まぁね。渉は『特別』だから」
「お、杏ちゃんってば大胆発言？」
「茜が考えているような意味は絶対にないから安心して」
「なーんだ、つまんないの」
茜は小さく肩を落とす。
「そうそう、杏ちゃんのチョコはブランデー入りなんだって」
しかし、そんな仕草は一瞬ですぐに話を切り替える茜。
「義之と杉並に渡すチョコは普通のチョコよ」
が、杏はそれを否定した。
「え？どうして？」
「渉が特別、って言ったでしょ」
その言葉の意味を吟味する俺たち。
そしてたどり着く結論。
「杏、味見はちゃんとしような」
「するわけないでしょ。私だってああなりたくないもの」
さもありなん、と杏。
もしかしたら俺も同じようなことになっていたかもしれないわけだ。
渉、南無。
～あとがき
２～
更に物語は続く……。
杏は普通のチョコも作っていた、という驚愕の事実！
別に驚愕でもなんでもないですね。
期待通りに散った渉に乾杯。
2007.02.14