D.C.Ⅱ SS 居酒屋・茜
その日も茜はいつものように開店準備をしていました。
開店時間は17時。まだ時間まで30分ほどあります。
料理の下ごしらえや、店内の掃除などをせっせと行います。
ガラガラガラ……。
まだ開店時間前なのですが、お客さんのようです。
「いらっしゃい～」
茜が来客さんに声をかけます。
常連の一部の人は開店時間前でもお店に入ることが多々あります。
今日もそのうちの誰かなのでしょう。
茜は顔を上げると、相手を見て驚きました。
「あ、小恋ちゃんじゃない。久しぶり～」
ずいぶんと悲しそうな顔で店に入ってきたのは茜のかつての同級生の
月島小恋でした。
「茜、久しぶりだね……」
元々はかなげな小恋ですが、今日はそれに輪をかけています。
「ど、どしたの？小恋ちゃん？」
その様子に、さしもの茜もたじろいでしまいます。
幸い、今はお客さんがいません。
茜はカウンターを出て、小恋を席に案内しました。
「ありがと」
小さく呟いた小恋は席に着くなり、机に突っ伏して泣き始めてしまいました。
「はぁ」
また人生相談かしら。茜はひとりごちると、日本酒を燗にかけました。
この手の商売をやっていると、色々な相談をうけたりします。
深刻な相談から、ただの愚痴まで幅広く。
しかし、今日の相手はよりによって小恋でした。
「小恋ちゃん、今日は付き合ってあげるから。一緒に飲も」
小恋の状態が尋常ではないと悟った茜は『臨時休業』の札を
店のドアに下げると鍵をかけました。
「それで、今日はどうしたの？」
熱燗を小恋に差し出す茜。
ようやく顔を上げた小恋。泣き腫らした目が真っ赤です。
「……義之が、浮気をしてるんじゃないかって」
やっとのことで口にしたのは、小恋がショックを受けるのに当然の内容でした。
「それ、本当なの？」
さすがの茜も驚きを隠せません。
茜と杏、それに渉の協力の末にようやくくっついた義之と小恋。
それがもう数年前の話。つい先日、やっとゴールインしたばかりなのに。
「なんかね、キャバクラっぽいお店に通って、そこのママさんと仲が良いんだって」
いきなりのスキャンダルです。
「まったく！義之くんったら何考えてるのかしら！」
憤慨した茜は携帯電話を取り出すと、義之の携帯にコールします。
少しの間があって彼につながった様子。
「ちょっと、義之くん！？あんた今どこ？今からお店に来てくれる？」
端から見ればヒステリックな女性が因縁をつけているようにしか見えません。
「小恋ちゃんがいまウチに来てるの！いいから早く来てね！」
それだけ一気にまくし立てると、茜は電話を一方的に切りました。
「あ、茜……」
一人突っ走る茜に恐縮する小恋。茜は小恋の肩を優しく叩くと
「大丈夫だよ、小恋ちゃん。義之くんは浮気なんてしてないって」
「で、でもでも。ご近所さんがみんな噂するんだもん」
「だって私の店によく遊びに来るよ？浮気なんかしてる暇ないはずだよ」
「え？う、うん。そうだよね。でも……」
どこか引っかかる感じのセリフでしたが、小恋はそこまで気が回りませんでした。
しばらくして。
ドンドンドン。
『茜～、来たぞ～』
ドアを叩く音がします。義之がご到着の様子。
「は～い、ちょっと待ってね」
茜はドアの鍵を開けると義之君を迎え入れました。
「小恋！お前、どうしてここに」
予想もしなかった人物がいたことに驚く義之。
「よ、義之。来ないで！」
義之の顔を見るなり、茜の後ろに身を隠す小恋。
「まぁまぁ落ち着いて。義之くんもそこに座って。今、お酒用意するから」
茜は義之君を小恋の向かいに座らせました。
中生を手に厨房から戻ってきた茜は小恋の隣に座ります。
「義之くん、今日はどうしてここに呼び出されたか分かる？」
「いや、まったく分からん」
首を振る義之。見た感じ、本当に何も分かっていない様子です。
茜は一度『ふぅ』とため息をついてから切り出しました。
「あのね、義之くんが浮気しているんじゃないか、ってご近所さんの噂があるらしいのよ」
単刀直入に言う茜。
一瞬、何を言われたのか分からなかった義之でしたが、頭の中で整理できたのでしょう。
「ま、まさか！俺は浮気なんてしてないぞ！」
ドンと机を叩いて立ち上がる義之。
「ひっ」
その勢いに小恋は震え上がってしまいました。
「はいはい。その辺はちゃんと聞いてあげるから。とりあえず座って」
ひとり冷静な茜は義之の肩を押さえて座らせました。
茜は小恋に向き直り、
「で。小恋ちゃんも義之くんを疑うってことは、何か理由があるんだよね」
「……うん」
一度、義之に目をやりましたが小恋はしっかり頷きました。
「は？俺が何かしてたか？」
身に覚えのない義之が反論するのはもっともですが、
「だ・か・ら！義之くんの話はあと！今は小恋ちゃんの言い分ね」
「……はい」
きっちり念を押され言い返せなくなった義之は、不満そうにビールを煽りました。
「話を戻して、小恋ちゃんが疑ってる部分はどこにあるの？」
小恋はもう一度、義之をチラリと見たあと
「うん、1週間に1回はまっすぐ家に帰ってこないの」
そう呟くように話しました。
「いや、それは残業だって言って……」
「だって先月は残業の実績なかったよ！」
義之の言葉を遮って小恋。
バッグから義之の給与明細を取り出し彼に突きつけました。
桜内家の家計は小恋が握っています。
義之も律儀に給与明細を彼女に渡すのが日常でした。
そして先月の明細には『残業：0時間』と、はっきり記載されていました。
週に1度以上、つまり1ヶ月に4～5回、所在が不明になっている時間があった
ということでした。
「そ、それは……」
言葉につまる義之。こうも物証を突きつけられてしまえば返す言葉もありません。
しかし、その義之を見て変な声を上げたのは茜でした。
「義之くん、うちに来てること話してないの！？」
茜はてっきり、ここに通っている時間以外の事を話しているのだと思っていました。
「いや、まぁ」
言葉を濁す義之。
「だって、ここの酒高いじゃねーか。無駄遣いするなって言われてるのに」
ぶつぶつ言っている義之を無視して
「なぁんだ。小恋ちゃん、心配ないよ。だって義之くんは」
小恋に向き直り説明をしようとした茜ですが
「……その、あいてって……あかね、なの……・？」
小恋はその話題を更に悪い方向に捉えているようでした。
「そうだよね……茜と一緒に過ごしてたら私にそのこと話せるわけないよね……」
深みにはまるネガティブ思考中の小恋。
「だ、だからね！義之くんはお客さんとしてうちに来てくれてて」
茜が即座に否定しなかったのがマズかったのでしょうか。
「茜……信じてたのに……」
ぺたんと椅子に腰を落とす小恋。
確かに義之は週1以上で茜の店に顔を出していました。
茜もまさか、それが不仲の引き金になるとは思ってもいませんでした。
「ほ、ほら。うちもお得意さんを逃がすわけにもいかないし！ね、ね！」
必死に弁解する茜ですが、事態は悪化する一方。
というか、小恋が聞く耳を持ちません。
「私と義之の仲を応援してくれたのに、あれは嘘だったの！？」
今度は茜に詰め寄る小恋。
「だから！そういうのじゃねーんだって！」
義之も立ち上がって小恋の暴走を止めようとしますが、それも逆効果。
「な、何よ！二人して！」
義之の手を振り払う小恋の顔はもう涙で濡れていました。
嗚呼、修羅場。
と、小恋が急にカウンターに走ります。
わずかな間の出来事で、義之も茜も動けませんでした。
ごそごそと何かを探すような行動を取った後……。
修羅場といえばやっぱりこれ。
小恋の片手には研ぎ澄まされた包丁が握られていました。
「ま、待て！小恋！早まるな！」
すぐに小恋を止めようとする義之ですが
「こ、来ないで！」
ぶんぶんと包丁を振り回す小恋。さすがに義之も近づけません。
下手に近付けばお互い、ただじゃ済まされないでしょう。
「もう、誰も信じられないよ……」
小恋が小さく、小さく呟きました。
そして、包丁の切っ先は……。
～あとがき～
おかしいなぁ、ただの人生相談SSにするつもりだったのに……。
なんか不倫ドラマが人気らしいので気が付いたらこうなってました（笑）
俺はそんなドラマ見たことないですけどね。
こういうのはマンガにすると面白いんだろうけどねぇ。
俺は絵が書けないから仕方ないのです。
乾杯。ち～ん。
2007.03.13