D.C.U SS 茜色

「あー、義之くん!待ってたよー!」
商店街をぶらついていたら、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
そちらを振り向くと目の前に満面の笑顔の茜が……って、何?何だ?
「もう、遅いよ。義之くん!」
俺に抱きつくと小さな声で茜は囁いた。
「ごめん、義之くん。演技して」
茜の視線の先には、いかにも遊び人風の男が二人。
そっか、ナンパでもされてたんだな。
茜のセリフを理解した俺は、わざとらしく男二人に聞こえるように言う。
「悪い、茜。ちょっと寝坊した」
「もう、義之君ったら。いっつも時間ギリギリなんだもん」
頬をぷぅと膨らませて怒る茜。う、案外可愛いじゃないか。
そういう会話を男たちに見せ付けるように続ける。
演技としてはありきたりだろうが、ある意味日常でよく使ってる会話だ。
思ったよりさらさらと言葉が出てくる。
俺たちのやり取りを見て、男たちは諦めたように立ち去っていった。

「ありがとう。助かったよ」
ほう、と安堵の息をつく茜。が、相変わらず俺に抱きついたままなのはどうか。
「茜、もうあいつらいないんだし、離れてくれないか?」
なんというか、茜の持つとっても大きな、その、胸が。
「え〜?いいじゃんいいじゃん。義之くんだって嬉しそうだぞ?」
そういって、さらに自分の胸を押し付けてくる茜。
そりゃ嬉しいけどさ、こんな公衆の面前だと恥ずかしすぎる。
「それはそれだ。とりあえず、今は離れなさい」
「は〜い」
ペロっと舌を出してはにかむ茜。悪戯したときによくやる仕草だ。
名残惜しくないとは言わないが、茜が離れたことでほっとした。
こんなシーンを由夢にでも見られたら刺されかねない。
万一のことを考え、俺は辺りを見回した。
よし、見知った顔はない。
「どしたの?」
「いや、なんと言うか。警戒?」
「???」
茜は理解できなかった。いや、その方が良いだろう。


そのあと俺と茜は、茜の提案で商店街のベンチに座ってクレープを食べていた。
さっきのお礼、ということで彼女にご馳走になった次第だ。
「今日は一人なのか?」
「うん、隣のクラスの子と約束してたんだけどね。ドタキャンされちゃった」
「あらま」
軽く頬を膨らませる茜。
「で、一人で歩いてたら、すぐに声かけられちゃって」
「そこを俺がちょうど通りかかった、と」
「そう。ナイスタイミングだったよ、義之くん」
茜はありがとう、といって微笑む。偶然とはいえ、商店街に出てきて良かったな。
「それより義之くん、このあとヒマ?」
クレープを食べ終えた茜が聞いてきた。
「まぁ、ヒマって言えばヒマかな」
特にあてもなく商店街に出てきたのだ、用事があったわけじゃない。
「じゃぁさ、私に付き合ってよ」
食べ終わったクレープの紙くずをゴミ箱にぽいと放り込むと茜は立ち上がってそう言った。


そんな経緯もあり俺と茜は並んで商店街を歩いている。
話題づくりはもっぱら茜だ。
色んな店で立ち止まっては、あれこれ俺に話しかけてくる。
こういうことに疎い俺にとっては、逆に大助かりだった。
そういえば茜と二人で街を歩くのは初めてかもしれない。
「義之君、ちょっとこのお店に寄っていい?」
「ん?あぁ。構わないよ」
明らかに女の子向けのファンシーショップ。
音姉や由夢に似たような店に何度か連れてこられているので、そんなに抵抗はない。
俺は茜に続いてファンシーショップに入る。


「ねぇねぇ義之君。これなんかどうかな」
茜が持ってきたのはあまり飾り気のない、銀色のネックレス。
十字架だろうか、鎖に一つ小さな飾りが付いている程度だった。
個人的に、茜にはゴージャスなアクセサリが似合いそうだと思っている俺だったが
逆にこういうシンプルなのも似合いそうな気がする。
「悪くないんじゃないか」
「そう?試しに付けてみよっかな」
そう言うと茜は備え付けの小さな鏡と向かい合って、ネックレスを付ける。
が、鎖が思ったより短かったのか、悪戦苦闘しているようだ。
「あ、あれ?えっと、ここがこうなって…い、痛っ」
茜の髪に隠れてしまっているので、何がどうなっているのか良くわからないが
困っているのは間違いなさそうだ。
「大丈夫か、茜?」
「う、うん。ちょっと髪の毛に絡まっちゃって」
茜は頭の後ろ辺りで手をもぞもぞと動かしているが、上手くいかないらしい。
「義之君、ちょっと手伝ってくれるかな」
「え、いや。俺でいいのか?」
「仕方ないと思うことにするから」
そうだな、変に意識する方が失礼かもしれないな。
「了解」
俺は茜の後ろに回ると、ボリュームのある長い髪を持ち上げる。
「あ、義之君。そーっと、そーっと」
「わ、悪い。ちょっと待ってな」
ネックレスの止め具に茜の髪が何本か絡まっている。
相手が男だったら思いっきり引っ張って無理やり外すのだが、さすがに
女の子相手ではそんなことは出来ない。
「ちょっと我慢しろな」
「ん、んん」
俺の手が茜の首筋に触れるたびに、茜が妙な声を上げる。
「茜、変な声上げるな」
「出ちゃうものは仕方ないでしょ。もう少しやさしくしてね」
その発言も微妙に問題だ、茜。

「よっ……と」
悪戦苦闘の末、絡まったネックレスを取り外すことに成功した。
「ふぅ、ありがと。義之くん」
「あ、あぁ」
と、周りの視線がイヤに気になる。
俺たちはネックレスを外すことに必死だったので気付かなかったのだが、
結構な人だかりが出来ていた。
微笑ましいものを見るような目がいっぱいあった。
「に、逃げるか」
「うん」
俺と茜は誰にでもなく愛想笑いを浮かべながら店を後にした。


店からしばらく離れると
「あ〜、びっくりした〜」
詰まっていたものを吐き出すかのように、茜が大きく息をついた。
「あはは、さすがに私も照れたよ」
「そ、そうだな」
俺も似たような動作でため息を付く。
そのまま二人でどこに向かうわけでもなく歩き出す。
結局、俺が茜を助けた地点に戻ってしまった。
さきほどのように和気藹々とした雰囲気はなく、どことなく気まずい。

『カァー』
絶妙なタイミングでカラスが鳴いた。気付けば空は茜色。
俺と茜は互いの顔を見合わせ、思わず噴出した。
「カラスが鳴くから帰ろっか」
「あぁ、そうだな」
俺と茜は、どちらからでもなく歩き出す。

商店街を抜けて、別れ道。茜は立ち止まると
「そうそう、義之くんに良いこと教えてあげるから耳貸して」
「ん?なんだ?」
俺は茜に顔を近づけた。
「えっとね……」

『Chu☆』

頬に僅かに柔らかな感触。
「はい、今日のお礼。ありがとね!」
そう言って茜は走りだす。
「お、おい!」
茜は一度、振り返り
「また今度、付き合ってね〜!」
手を振って帰っていった。
俺はその背中を呆然としながら見送る。
おいおい、今のって……。

しかし頬に残る感触の余韻に浸る前に、背筋が凍る。
すぐ後ろにものすごい殺気を感じた。
俺は脱兎のごとく駆け出した。振り返る暇すら惜しい。
「あ、兄さーん!!待ちなさーい!!!」
聞きなれた声が木霊した。



〜あとがき〜
まぁ茜さんはこんな軽いキャラではないと思いますけどね。
こういう雰囲気のSSってあまり書かないから自分でも照れた。

そして由夢はいつもこういう役回りなのです。
でも、由夢を登場させなかった方が綺麗に終わったのかなぁ?



2007.03.29

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