D.C.Ⅱ SS お姉ちゃんのリボン その１
「いっけない！寝過ごしちゃった！」
私は非情な時間を告げている目覚まし時計を睨むと、大急ぎで着替えはじめた。
かつてないくらい、危険な領域の時間帯。
赤信号一つで遅刻が確定しそうな、本当にギリギリの時間だった。
髪のセットもそこそこに、部屋を出て階段を駆け下りる。
そのまま玄関に直行しようとしたのだが、リビングに人の気配がする。
おじいちゃんはこの前から出かけてるので、いるとすればお姉ちゃん。
や、でもこんな時間までお姉ちゃんが待っててくれた事はない。
時間が惜しいが、不振な人物がいたらそれはそれで大変だ。
私は恐る恐るリビングを覗き込んだ。
そこには、のんびりとお茶を飲んでるお姉ちゃんがいた。
「お姉ちゃん。何のんきにお茶なんか飲んでるの？遅刻しちゃうよ！」
「あ、おはよう由夢ちゃん。今日はゆっくりだね」
いつもと変わらない笑顔で話すお姉ちゃん。
私は自分の部屋の時計が進んで勘違いしてたのかと思ったが、
リビングの時計も同じ時間を指している。
っていうか、当たり前だがむしろさっきよりも進んでいる。
「お、おはよう。って、それよりも時間！」
私は時計を指差す。お姉ちゃんはゆっくり立ち上がり、カップを片付けた。
「そうね、そろそろ出ましょうか」
相変わらずのんびりのお姉ちゃんに疑問を持ちながらも、私は玄関でお姉ちゃんを待った。
もう走っても間に合いそうにない時間。遅刻は決定的だった。
「それじゃ行こっか」
急ぐ素振りをまったく見せないお姉ちゃん。今日はどうしちゃったんだろう。
「じゃ、由夢ちゃん。私の手を握って」
「え？」
お姉ちゃんは右手を差し出した。訳が分からないが、私はそれに従う。
「お姉ちゃんウイング、起動」
お姉ちゃんがそう言うと、お姉ちゃんの大きなリボンが回転を始める。
ブィィィィィィン。
機械的な、大きな音を立ててリボンが回る。その風圧に思わず目をつぶってしまう。
「それじゃ行くよ！」
すると、握っていた手が上に引っ張られる。
何事かと目を開けると、同時に体が浮いていた。
「え？え？えぇぇぇぇぇ？」
がばっ。
私は上体を起こした。冬だというのに、身体には大汗をかいている。
今、自分がベッドの上にいることを認識すると、私は大きくため息をついた。
「ゆ、夢……」
かなりショッキングな夢だった。
私は自分の見た夢が未来に起こる、いわゆる予知夢を見ることがある。
もしこれが本当に起こるのならば……。
私はふと目覚まし時計に目をやった。
「う、うそ！」
夢で見たのと同じ時間を指していた。遅刻寸前の時間。
シャワーを浴びたい気持ちを抑え、私は急いで制服に着替えた。
大慌てで階段を降りる。まさか、と思いリビングを覗いたがお姉ちゃんの姿はなかった。
玄関にもお姉ちゃんの靴はなく、さっき見た夢がいきなり現実になる、ということはなさそうだった。
と、そんなことで安心していられない。遅刻しそうなのは事実なのだ。
玄関を出て鍵をかけると、私は駆け出した。
「だぁぁ！遅刻だ！」
と、隣の芳野家から兄さんの声がする。
「お、弟くん。鍵、忘れてる！」
一緒にお姉ちゃんの声もした。兄さんはともかく、お姉ちゃんも一緒なの？
私は芳野家を出てきた二人と合流する。
「あ、おはよう。由夢ちゃん」
私に気付いたお姉ちゃんが手を振ってくれた。
そんなにのんびりしてる場合じゃないのに、相変わらずだ。
「由夢、お前も寝坊か。今日は記録的な時間だぞ」
「兄さんに言われたくありません。それより急がないと」
「鍵、閉めてっと。よし」
兄さんが自宅の鍵を閉め、出てきたところで時間を確認する。
「100mを7秒で走らないと間に合わないな」
「世界新記録だよ、それ」
兄さんのボケに突っ込むが、確かにそのくらい危険な時間である。
「よし、ここはお姉ちゃんにまかせなさい」
駆け出そうとした私たちの行く手を遮るように、仁王立ちするお姉ちゃん。
「音姉、ぶっちゃけ邪魔なんですが」
「うん、急がなきゃ」
私も兄さんもお姉ちゃんの行動に戸惑いつつ、先を急ごうとする。
しかし人差し指を立てたお決まりのポーズで、まぁまぁと制するお姉ちゃん。
「大丈夫、今日のお姉ちゃんは魔法使いさんなんだから」
と、お姉ちゃんは鞄から何かスイッチのようなものを取り出した。
嫌な予感がした。
「お、音姉……そのスイッチ、何？」
どことなく様子が違うお姉ちゃんに兄さんが聞いた。
お姉ちゃんが答える前に、私はその答えを知っていた。
でも、まさか現実にそんなことが……。
「お姉ちゃんウイング、スイッチON！」
お姉ちゃんが手元のボタンを押すと、その大きなリボンが回転し始めて。
その日、私は初めて空を飛んだ。
～あとがき～
案外、初音島文学賞の応募用にしても良かった作品かもしれません。
文字数も1800文字台と制限を満たしてますし。
まぁ、他にもっと良い作品が出来てるので、ここに掲載しちゃいます。
音姉ファンのみんな、ごめんなさい。
構想・執筆・校正で約3時間くらいでした。
2006.07.24