D.C.Ⅱ SS お姉ちゃんのリボン その２
「由夢ちゃ～ん、もうすぐご飯だよ～」
「は～い」
階下からお姉ちゃんの声。時間は19時を過ぎたところだった。
私は読んでいた雑誌を閉じると階段を降りた。
香ばしいスパイスの香りがする。今日はカレーかな。
兄さんもこっちに来るって言ってたし、一緒に作ってたのかもしれない。
二人の作るカレーは身内の贔屓目を差し引いても、かなり美味しいと思う。
ちょっとだけ心を躍らせながらリビングに入ると、その香りがいっそう濃くなった。
料理が苦手な私はお皿だけでも準備しようと、キッチンに入った。
そこで私は目を疑った。
「お、お姉ちゃん！？」
「あ、由夢ちゃん。いま、お皿に盛り付けるね」
こちらを振り返るお姉ちゃん。
いつもならまな板に向かって包丁を握っているはずのお姉ちゃんは
今日はのんきに雑誌を読んでいた。
変わりに、お姉ちゃんのリボンが器用にお玉を持ち、なべをかき混ぜていた。
「お姉ちゃん。そ、それ……何？」
「何って、今日はカレーだよ」
「いや、そうじゃなくって。その、リボン」
「あぁ、これ？新しく買ったリボン。可愛いでしょ」
普段ならピンクとか黄色の明るい色をしたリボンを付けているが、
今日に限っては毒々しいまでの赤だった。
確かに、そのリボンは今まで見たことのないものだ。
「あ、由夢ちゃん。ちょっと味見してくれる？」
と、そのリボンがお玉を持って私の顔に近づいてくる。
私の前で停止すると、口元にお玉が近づいた。
がばっ。
私は上体を起こした。
「ゆ、夢……」
久しぶりに衝撃的な夢だった。前に見たのはいつだっただろうか。
飛び起きたせいで頭がくらくらする。
この前と同様、私は大汗をかいていた。
緑色のジャージの至る所が汗で色濃くなっていた。
「うー、気持ち悪い」
時計を見ると、晩ご飯まで少し時間がある。
シャワーを浴びてこよう。そう思い、着替えなどを持ってお風呂に向かった。
寝汗を洗い流した私は洗面台に向かってため息をついた。
まさか、またあんな夢を見るなんて。
これも近い将来に起きる予知夢なのだろうか。
くー。
そんな悩みをよそに私のお腹が音を立てた。思わず周りを見回してしまう。
誰がいるわけでもないのに。でも、やっぱり恥ずかしいしね。
そろそろ夕飯の時間だろう。私はそのままリビングに向かった。
リビングはやや甘めの香ばしい匂いが充満していた。
美味しそうな匂いが私の空腹に響く。この匂いは、ビーフシチューかな。
もしかしたら、ハヤシライスかも。どちらも私の好きなメニューに変わりない。
「あ、由夢ちゃん？手が空いてたらお皿の用意してくれる？」
私の気配に気付いたのだろう、キッチンからお姉ちゃんの声が聞こえた。
「は～い」
私も早くご飯が食べたかったので、さっき見た夢の事をすっかり忘れていた。
そしてキッチンに入ると、私は愕然とした。
縦横無尽に行き交う、お姉ちゃんのリボン。
視界の半分が真っ赤なリボンで満たされていた。
いったいどれだけの長さがあるのだろうか。
リボンはお互いが絡まることなく、絶妙なまでに巧く動いていた。
「あ、由夢ちゃん。ごめんね、今片付けるね」
お姉ちゃんはそう言うと、頭のリボンに軽く触れた。
するとそれまで動いていたリボンが、巻き取られるコンセントのようにお姉ちゃんの方に
向かって収納されていく。
キッチン中にあったリボンのほとんどが仕舞われたと同時に
「あいた！」
いくつか調理用具を持っていたリボンもそのままお姉ちゃんの頭に向かったので
お玉がお姉ちゃんに直撃した。
カコンと小気味良い音がした。
「いたた」
「だ、大丈夫？お姉ちゃん」
いろんな意味で大丈夫か、と聞きたい。
落ちた菜箸やお玉を拾い上げ、お姉ちゃんに渡す。
「えへへ、失敗しちゃった」
赤くなったおでこをさすりながら苦笑いするお姉ちゃん。
でも私は全然笑えなかった。
今回ぶつかったのが偶然、お玉だったから良かったけど、これがもし包丁だったら
出血沙汰の大惨事になりかねない。
「お姉ちゃん、リボンで包丁持つのだけは絶対やめて」
「え？どうして？」
……想像しただけで背筋が凍る思いだった。
料理の準備を終えて卓に着く。兄さんがまだ来ないので待っている状況だ。
「ねぇお姉ちゃん、そのリボン……どうしたの？」
聞かなくてもいいかも知れなかった。
しかし『聞いて、聞いて』オーラを出しまくっているお姉ちゃんに根負けした。
「えへへ、凄いでしょ。通販で買っちゃったんだよ」
どこの通販ですか、そんなもの売ってるのは！？
「デザインも可愛いし、機能も完璧。これで3つセットで980円だから安いお買い物だよね」
同じのがあと2つもあるの！？
得意げに話すお姉ちゃんはさらに
「それになんと！高い枝が切れるハサミもセットで3本付いてきたんだよ！」
……突っ込みどころが多すぎて頭が痛くなってきた。
「だから後で、さくらさんに1本分けてあげようかと思って」
「そ、そうだね。さくらさんも兄さんも喜ぶと思う……」
兄さん、絶対迷惑そうな顔するなぁ。
私がげんなりしているのに気付かず、今度はそのときの状況を話し始めるお姉ちゃん。
「もうね、これだ！と思ってすぐに電話したの。そしたらね、テレビに映ってる在庫数が1個減ったの。
あれはきっと私が買ったからだね、間違いないよ」
はい、それは間違いないのでしょう。
でも一般の人なら、欲しいと思う感性は持ち合わせていないと思うよ。
「そのあと、ずっと在庫数が変わらなかったの。えへへ♪なんていうか、私だけ買いましたっていう優越感？」
いえ、それは他に誰も買わなかったと言うのです、お姉さま。
視聴者は逆に『買った人がいるのか』と驚愕していたに違いない。
「お、お姉ちゃん、ご飯冷めちゃうよ。私お腹すいちゃったよ」
放っておいたらしばらく話しっぱなしになるだろうお姉ちゃんを止めた。
「あ、そうだね。それじゃ弟くんを呼んでくるね」
お姉ちゃんは一度部屋に戻ると、何か長い物体を持って兄さんを呼びに行った。
お姉ちゃん、あなたは本当に私の姉でしょうか。
～あとがき～
すいません、どこの通販ですかそれ。
空飛んだし触手やったから次はどうしようかなぁ。
あ、高い枝を切るハサミは通販の基本ですよ（嘘）
2006.10.05