D.C.Ⅱ SS お姉ちゃんのリボン その５
「ただいま～」
学園から帰ってきた私は、玄関にお姉ちゃんの靴がある事を確認すると
リビングに向かって声をかけた。
……。
いつもなら『おかえり～』って声が聞こえるはずなんだけど、今日は返事がない。
どうしたんだろう。部屋の方にいるのかな。
一応リビングを覗いてから部屋に戻ることにする。
「お、おねえちゃん！！！」
リビングでお姉ちゃんがうつぶせに倒れていた。
苦しそうな息遣いが聞こえる。私はカバンを放り投げ、お姉ちゃんに駆け寄った。
「お姉ちゃん！大丈夫！？お姉ちゃん！？」
お姉ちゃんを抱き起こし、身体を軽く揺する。あまり顔色が良くない。
何かの病気かもしれない。ど、どうしよう？
「あ……ゆめ……ちゃ……」
うっすら目を開け、弱々しく話すお姉ちゃん。
「お姉ちゃん、どうしちゃったの！？」
こ、こういう時はゆすっちゃいけないんだっけ？頭を動かさない方がいいのかな？
こんな事態は初めてなので、頭がパニックになる。
「由夢ちゃん、お願い……が、あるの……」
「うん！何でも言って」
「お部屋から……新しいリボンを」
「リボン？」
こんな重大な時に何を言っているのだ？
「うん、リボンがあれば、平気だから……」
「リボンって、そんな！今はそれどころじゃないでしょう！？」
私一人ではお姉ちゃんをソファに寝かすことも難しい。
おじいちゃんは外出中だし、兄さんがいればいいんだけど。
「とにかく兄さんを呼んでくるから！」
「ゆ、由夢ちゃん。大丈夫だから、リボンを」
そう言いながら私の服を掴んで離さないお姉ちゃん。
時々、妙に頑固なところを見せるお姉ちゃんの良いとはいえない癖。
仕方ない、お姉ちゃんにリボンを渡したら兄さんを呼びに行こう。
とりあえずソファにあるクッションをお姉ちゃんの頭の下に敷いてから
2階に上がってお姉ちゃんの部屋へ入りドレッサーを開ける。
「たしかこの辺に」
収納ケースに収められたリボンは軽く数十枚ある。
いつの間にこんなに……って、それどころじゃなかった。
私は手近にあったものを掴むと、部屋を出て階段を駆け下りた。
リビングで横たわるお姉ちゃんは相変わらず苦しそうだった。
「お姉ちゃん、持って来たよ」
「ありがとう」
お姉ちゃんが身体を起こそうとするので、私はそれを手伝う。
いや、だから本当にそんなことしてる場合じゃ。
お姉ちゃんはいま付けているリボンを解くと、私が持ってきたリボンに
付け替える。
キュっと縛って、最後に形を整えると。
「よし、完璧！」
すくっと立ち上がったお姉ちゃん。
さっきまでの弱々しい姿はどこへやら、満面の笑みを浮かべている。
「お、おねえちゃん……？」
あまりの変貌振りに呆気に取られる私。
「由夢ちゃん、ありがとう。もう大丈夫だよ」
「大丈夫って、あれ？なんで？」
「うん、台所の掃除をしてたら思ったよりリボンが汚れちゃってね」
さっきまで付けていたリボンを見せてくれる。
ところどころに埃や油汚れがついていた。
「でもリボンを新しくしたからもう大丈夫だよ」
がばっ。
私は上体を起こした。
周りをきょろきょろ見回す。時計は……午後4時を指していた。
また、変な夢を見た。
誰かの未来を見る夢は小さい頃から何度も見てきたが、最近は特に多くなった気がする。
しかもお姉ちゃん絡みの妙な夢ばかりだ。
これまで大事になるような夢はなかったが、今回は一歩間違えばかなり危険な夢である。
ばたん。
階下で物音がした。なんだろう？
私は階段を降りてリビングに向かった。
「お、おねえちゃん！？」
お姉ちゃんがリビングで倒れていた。
さっき見た夢オチに一抹の不安があったが、やはり目の前で倒れているお姉ちゃんを
放って置けるはずがない。
「お姉ちゃん！大丈夫！？お姉ちゃん！？」
「ゆめちゃん……ごめん、ちょっと手伝って……」
上体だけ起こしたお姉ちゃんを支える。
「お姉ちゃん、大丈夫？立てる？」
「うん、ちょっとソファまでお願い」
よろよろと立ち上がるお姉ちゃんに肩を貸してソファまで歩く。
力の入っていない人間を運ぶのは一苦労だ。
おじいちゃんに連絡を取って、兄さんを呼びに行って、それから救急車。
私はこの後の事を考えながらお姉ちゃんをソファに寝かせた。
落ち着け、私。とにかく現状把握からだ。
救急車を呼ぶにしても様態を伝えられないようではいけない。
「お姉ちゃん、何があったの？どこか痛いとかない？」
「うん、お台所の掃除をしてただけだから……」
「そ、そうじ……？」
良く見るとお姉ちゃんはところどころに汚れを付けている。
お姉ちゃんの様子は気になったが、キッチンの方に足を運んでみる。
換気扇の下に脚立が置いてあって、そこで作業をしていたことが覗える。
近付くと、やはりそこで掃除をしていたことが確認できた。
CMとかで『頑固な油汚れ』と紹介してそうな汚れが半分くらい綺麗になっていた。
たぶん、そこまで綺麗にしてダウンしたのだろう。
なにか混ぜてはいけない組み合わせの洗剤でも使ったのだろうか。
だが、変な異臭がするわけでもない。原因があるとすれば……。
リビングに戻り、お姉ちゃんの様態を見る。相変わらず苦しそうだ。
「お姉ちゃん、救急車を呼んだ方がいいよね」
私はお姉ちゃんに確認すると電話をかけようとする。
「待って、そんな大した事ないから」
しかしお姉ちゃんはなぜか、そんな私を制した。
「でも立っていられないくらいなんでしょ？お医者さんに見てもらった方が」
「んっと、元気が出ないっていうか。病気っていう感覚じゃないの。少し休めば大丈夫だと思うんだ」
病人の大丈夫ほど説得力のないものはない。
しかし……しかし思い当たる節があるのもまた事実。
「も、もしかして……リボンを変えれば元気になったりする？」
恐る恐る聞いてみる。
今までお姉ちゃんのリボンの夢を何度も見てきたけど、私からアプローチするのは
今回が初めてだ。
「…………」
お姉ちゃん沈黙。何を言い出すんだろう、この娘はって顔してる。
「ご、ごめん。なんでもない。忘れて！」
わたわたと言い訳をして、無理やり取り繕う。
「そ、それよりも！兄さん呼んでくるから。そしたら病院に行こ」
私は踵を返そうとしたが。
「そっか……リボンが、原因、かぁ」
安堵したようなため息。
ぱたんとソファの背もたれに体を埋めるお姉ちゃん。
ところどころに油汚れや埃が付いているリボン。
お姉ちゃんは自分のリボンを取り外して、しげしげと眺める。
「由夢ちゃん、換えのリボンを持ってきてくれる？」
「うん、ちょっと待ってて」
反論しない。たぶんその方が精神衛生的にも良いと思う。
私はお姉ちゃんの部屋に向かい、ドレッサーからリボンを取り出す。
今回も……やっぱりそうなのか、と思いながら。
「はい、お姉ちゃん」
「ありがと」
私がリボンを渡すとお姉ちゃんはリボンを付け替える。
「何か手伝う？」
「じゃぁ、鏡を持ってきてくれる？」
「うん、分かった」
私が手鏡を取って戻ってくると、お姉ちゃんの顔色はだいぶ良くなっていた。
「ごめん、ちょっと構えててくれる？」
「はい」
お姉ちゃんは鏡を見ながらリボンを調える。
「このくらいかな」
形がまとまったところでお姉ちゃんは立ち上がった。
「お姉ちゃん、急に立ち上がって大丈夫？」
「うん、リボンを新しくしたから元気100倍だよ！」
さっきまで弱ってた人とは思えないセリフだった。
「あ、あはは……」
こういう時は笑うしかないと思う。
きっと今の私の顔、引きつってるんだろうなぁ。
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」
本当に大丈夫そうなお姉ちゃんだった。
私はお姉ちゃんの将来が心配です。
～あとがき～
ところで、付け替えたパンの顔はやっぱり誰かが拾ってゴミ箱に
捨ててたりするんだよね？＠パン顔のヒーロー
そんな光景を想像すると、とてもシュール。
愛と勇気以外にも友達は作ろう。
2007.02.26