体育祭　最終競技　全員リレー（後編）

何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
悲鳴の直後、外野の観客も同じようで、しんと静まり返っている。
とりあえず俺は転がるバトンを拾いに行った。
その間、B組の走者は穴を覗き込み、困ったように俺を見たがそのまま走り去った。
俺もそのまま無視を決め込もうと思ったが、気になってその穴を覗き込んでしまう。
けっこう深いところに茜がいた。
「なんなのよ〜」
泣きそうな顔で茜が俺を見上げていた。
古典的な落とし穴、ってやつだった。杉並のヤツ、何を考えてやがる。
「義之く〜ん、出られないよ〜」
深さは2m以上あるだろう。茜が手を伸ばしても穴のふちに届かない。
女の子に対する仕打ちじゃないよな、これ。
さすがに不憫に思った俺は茜に手を差し伸べた。

茜を落とし穴から引っ張り出すと、周りから歓声が上がる。
俺は片手を上げてそれに応えた。
「えーん、髪の毛ぼさぼさ〜」
後ろで一つにまとめてはいるものの、圧巻のボリュームの茜の髪。
落ちた時に付いてしまったのだろう、至るところで土をかんでいる。
「まぁ仕方ないか。それよりありがと、義之君」
何を思ったか、茜が抱きついてきた。
あっという間に拍手がブーイングに変わった。
さらに、唖然とした俺の背中を茜が押す。
「うわ！？」
そのまま落とし穴に一直線。
が、俺は身体を突っ張り、穴のヘリにしがみついた。
「オンナゴコロと秋の空〜♪」
ふざけた鼻歌を歌いながら茜は走り去った。
ブーイングが再び歓声に戻る。現金なやつらめ。
「ぢぐしょー」
ぎりぎりのところで踏ん張り立ち上がる。
まだ茜には全然追いつける距離だ。
「あかね〜〜〜〜！！！」
「わ、義之くんってば早いよ〜。私まだ全然行ってない〜」
お前、意味深過ぎるぞそのセリフ！

ほぼ同時に次の走者にバトンを渡してお役御免。
「茜、ちょっと話したいことがあるんだが」
「きゃ〜怖い怖い。ごめんね、義之君」
「ったく、しょーがねーな」
あんな仕掛けを作ったのはうちのクラスの杉並だ。
その辺を差し引いてトントンだろう。


俺と茜のトラブルでB組にやや離されている。逆にA組とC組は僅差。
残りの目玉はC組35人目の杏。B組36人目の渉。
それにうちのクラスのアンカー杉並と、B組アンカーの白河さん。
順番的に、最初に走ったのは杏。特に何もなく走り終える。
そのトコトコ走る姿が本校生（男女問わず）に大人気だったくらいか。
杏もそれを分かっているのか、ちょっと躓いてみたり愛嬌を振舞った。

残りの人数も少なくなってきた。順位は変わらず、B組がややリード。
このままB組に逃げ切られるのか、と思ったが杉並が動く。
バトンを受け取り走り出した渉を見届けた直後。
「さらば、板橋」
俺に渡したのと同じ、妙なスイッチを押す。
「うおぉぉ！？」
渉が落とし穴に落ちた。やはりえらくピンポイントな位置で。
走ってきた勢いもあり、穴の側面にもろに腹を打ち付けていた。
人が落とし穴にはまる時の姿ってあーゆーもんなんだな、なるほど。
「痛って〜〜！おい！深すぎてシャレになんねーぞ！」
穴のそこから渉の叫び声が響く。
「B組、敗れたり」
この時点でB組の脱落を確信した杉並。鬼だ。
いったいいくつの落とし穴を用意してたんだか。
だいぶ先行していたB組も渉の脱落でその差を詰めるどころか
一気に追い抜かれる始末。
しかし、渉も漢気（OTOKOGI）を魅せる。
「うおぉぉりゃ〜〜！！！」
両手を突っ張って必死にどうにか穴から上半身だけ這い上がった。
そして口にくわえていたバトンを思いっきりぶん投げた。
バトンは次走者の前に転がり、拾い上げた次走者が続行する。
しかし、渉はそこで力尽き、再び穴のそこへ落ちた。
南無。

A組とC組が競り合い、やや遅れてB組。
そしてアンカーにバトンが渡る。
一歩抜け出して杉並が走る。C組のアンカーがそれを追う形。
気の毒なことに、最後に一人残される白河さん。
ただ、その目はまだ死んでいない。

あとは杉並が走りきれば俺たちの勝ちは確定だ。
しかし、杉並は何を思ったかインコースを大きく開けて走る。
抜いてくださいと言わんばかりのコース取りだ。
その先にまた落とし穴でも仕掛けてあるのかと思ったが
杉並はそんな素振りは見せていない。
これをチャンスと見たC組のアンカーが杉並を抜き去る。
それに意を介さず見送る杉並。
なにやってんだ、あいつ。

「ぐ、ぐぞ〜。あと……すこし……」
杉並の走るラインの先に渉が落ちた穴があった。
しかもちょうど渉が這い上がってきたところだ。
まさか、杉並のヤツ。いや、杉並はそういうところで全力なヤツだ。
案の定、杉並は渉の頭を踏みつけ、何事もなかったように走っている。
やっと登ってきた渉は無情にも再び穴の底へ。
哀れ、渉。

そんな遠回りをしていた杉並に、白河さんが迫ってきていた。
B組の応援を背に、予想以上の追い上げを見せる白河さん。
まずいんじゃないか、杉並。
手に汗握る展開に、一同は固唾を飲んで見守る。
というか、負けたらシャレにならん。
しかし1秒も差がない展開で杉並が先にゴールに滑り込んだ。

タナボタの1着はC組。続いて杉並がゴールし、遅れを取っていた
白河さんのB組が僅差で最下位となった。
しかし、杉並はこれも盛り上げるための計算だったという。
俺らの関係者だけが波乱に満ちた体育祭も終焉を迎えた。



〜あとがき７〜
そして決着。
結果発表は17時アップ予定。
落とし穴は古典的だけど、とても有用な悪戯です。