月は東に日は西にSS・弘司君が行く
雲ひとつない快晴の日曜日。
「・・・まいったな」
しょんぼり顔の弘司君。納得いかなさそうに街を歩いています。
ガララララ・・・。
「いらっしゃい！」
弘司君が入ったのは、かつて直樹君がスクール水着を買いに来たスポーツ洋品店。
自動ドアから店に入ると、相変わらず威勢のいい店員が元気な声で出迎えます。
直樹君に聞かされていたその店員の顔を見ることなく体操着コーナーへ向かいました。
「賭けに負けたら柚香ちゃんの体操着を買ってくる」
早いもので7回目を数える天文部のトランプ。
今回は弘司君の妹、転入生の柚香ちゃんも参加です。
なんと、ここまで無敗を保っていた弘司君がついに陥落。
転入して間もない柚香ちゃんには、まだこの学園の体操着が届いていません。
「直樹のヤツ、わかっててやってるだろ・・・」
今回の勝者は直樹君でした。過去、3度も恥ずかしい買い物をさせられている強者です。
で、彼の出したお題が柚香ちゃんの体操着。なかなかの勇者です。
「恥ずかしいけど、お兄ちゃんなら」
柚香ちゃん、断る気ナシ。むしろ歓迎されています。
弘司君は無事、聖なる鎧（女子用体操着）を手に入れることが出来るのでしょうか。
店内を見回すと、今回は客がちらほらと。
もちろん、不純な動機で買いに来ているのではない一般客の皆様です。
『学園指定用体操着』と書かれたボードの下にそれはありました。
蓮見台学園・女子用体操着。直樹君から聞かされてはいましたが種類の多さに弘司君は圧倒されます。
と、見ると先客がいる模様。見たことのあるツインテールです。
「あれ、茉理ちゃん？」
声をかけられて振り向く女の娘。ご存知、渋垣茉理ちゃんです。
「あ、広瀬先輩。こんにちは」
元気に挨拶をする茉理ちゃん。
「何か買い物ですか？」
「えと・・・」
茉理ちゃんの質問に言葉に詰まる弘司君。
ですが、頭の回転はそれなりの弘司君。いいことを考えついたようです。
「実はかくかくしかじか・・・」
ことの経緯を茉理ちゃんに説明する弘司君。
茉理ちゃんに買ってきてもらおうという魂胆ですね。妥当だと思います。
が、話を聞くうちに、茉理ちゃんの顔色が変わります。
「直樹のやつぅ、広瀬先輩に迷惑かけて」
弘司君の説明に憤慨する茉理ちゃん。
「分かりました、ちょっと待っててくださいね」
ポケットから携帯電話を取り出す茉理ちゃん。
ちょいちょいと操作すると
「あ、直樹。駅前のスポーツショップに来て欲しいんだけど」
どうやら直樹君と話しているようです。
「理由？そんなのいらないわよ。じゃぁ、早く来てね」
一方的に喋って携帯をしまう茉理ちゃん。
弘司君に向き合うと
「もうすぐ直樹が来ますから」
予想外の展開です。
しばらくして
「茉理〜、来たぞ〜」
何も知らない直樹君。のこのことお店にやってきました。
「あれ、弘司じゃないか」
茉理ちゃんと一緒に弘司君が居たことに気付く直樹君。
「そうか、買いにきたんだな」
不敵な笑みを浮かべる直樹君。
弘司君の方を2、3度軽くたたきます。さすが悪者です。
「はい、直樹。これヨロシク！」
茉理ちゃんが直樹君に何かを手渡します。
「は？」
つい受け取ってしまう直樹君。素直ですね。
手渡されたものは・・・言うまでもありません。体操着です。
「じゃ、買ってきて」
笑顔の茉理ちゃん。でも目は笑ってません。
「おい、茉理。何を」
体操着と茉理ちゃんを交互に見ながら、微妙にうろたえる直樹君。
「買ってきて」
さらに威圧する茉理ちゃん。こうなってしまうと手がつけられません。
「弘司、パス」
弘司君に体操着を渡そうとしますが、
ガシッ
茉理ちゃんに腕を掴まれてしまいました。
「買ってきて」
腕に力が込められます。
「・・・はい」
直樹君は観念したように項垂れました。
弘司君、ツイてます。
というわけで、
直樹君が行く4
経過は説明した通り。直樹君は体操着を買うことになりました。
茉理ちゃんから受け取った体操着をレジに持っていきます。
「いらっしゃい。おお、君か」
店員さんは直樹君を覚えていたようです。
「あはは・・・」
そういえば、こんな店員さんがいたのでした。
直樹君はこの店に来たことを大いに後悔していました。
が、もう手遅れ。
「今回は蓮見台学園の体操着か。やはり私の見込んだだけのことはある」
直樹君を完全に同士だと勘違いしている店員さん。
「最近、ブルマを指定する学校が少なくなってなぁ・・・」
たそがれる店員さん。本当に寂しそうです。
「あはは・・・」
毎度のことですが、笑うしかない直樹君です。
「ん？」
体操着を手にした店員さんが首を傾げます。
「この前買った水着とサイズが違うな・・・」
目ざといというか何と言うか。良くそこまで覚えてますね、店員さん。
確かに今回買うのは柚香ちゃんの体操着。
ですが、2人の体格差はさほどありません。
「いえ、まぁそうなんですけど・・・」
逃げ腰の直樹君はそう答えるしか出来ません。
「浮気はいかんぞ、浮気は」
「なんでそういう話になるんですが」
それを傍から見ていた弘司君と茉理ちゃん。
「なんかすごい店員さんだね」
「ええ、関わりたくないくらい」
二人の意見は一致している模様。
「あとは直樹にまかせちゃっていいかな」
「ええ、私も買い物はまた今度でいいかな、なんて」
そそくさと退店していく2人。
それを横目で追っていた直樹君。
（あいつら・・・恨むぞ）
「ん、どうかしたのかい？」
いつの間にかグラスにコーヒーを用意していた店員さん。
「いえ、お構いなく」
「まぁ、座ってくれよ」
無理やりグラスを渡して椅子を勧める店員さん。
どうすることもできない直樹君。観念したようです。
店員さんは満足そうにすると、直樹君と向かい合って語り始めます。
「ブルマは元々、婦人や子供用の下着だったんだがね・・・」
唐突に切り出す店員さん。しかもブルマの歴史からです。
中略。知りたい人はネットで検索してね。
「ここ数年でブルマの廃止が一気に加速したこと、知ってるかい？」
「・・・いえ、知りませんけど」
中略。廃止になった理由は様々です（憶測、妄想含む）知りたい人はネットで検索してね。
「私が学生の頃のブルマは紺が主流だったんだが、蓮見台学園は赤なんだね」
「・・・はぁ、そうですね」
中略。実際に紺以外のブルマを使用していた学校がどのくらいあるのか。知りたい人はネットで検索してね。
「ちなみに、体操着の上着はブルマに入れるべきか、入れないべきか。君はどう思う？」
「いえ、特にこれといって」
入れない方が自然だと思いますが、どうでしょう。
「ダメダメ。ブルマ愛好家としては、その辺もきちんと考えないと」
賛否両論。ネットで検索して変なサイトに繋がらないように気をつけて。
（愛好家じゃないのに・・・）
直樹君は心で叫びますが、店員さんは聞く耳もありません。
カァ〜カァ〜
カラスが鳴くから帰ろ、とはよく言ったもので、夕方。
「また来てよ！」
前回の水着会議の倍近い時間をかけて行われたブルマサミット。
ようやく開放された直樹君は、疲れきっているようです。無理もないでしょう。
無事に手にした聖なる鎧（女子用体操着）が輝いて見えます。
「お疲れ。災難だったな」
声をかけたのは先ほど帰ったはずの弘司君でした。
後ろ手に駅前の書店で買った雑誌を隠しているのはご愛嬌です。
「あぁ、仕方ないな」
直樹君は怒る気力もないみたいです。
「ウチで一杯やってくか？」
「あぁ、そうさせてもらおう」
高校生同士とは思えない会話ですね。
西日がまぶしい中、二人は蓮華寮へ向かっていきました。
「絆」というものは、こういうときに生まれるのでしょう。
翌日・・・。
「ありがとう、お兄ちゃん」
満面の笑みで体操着を受取る柚香ちゃん。
「いや、まぁ気にするな」
自分で買ったわけではないので、複雑な表情をする弘司君。
直樹君が代わりに買ったことを知ってるのは彼ら2人と茉理ちゃんだけです。
「久住君、どうしたの？」
二人のやり取りをぼーっと見ていた久住君に美琴ちゃんが声をかけます。
「いや、平和だなと思ってさ」
「ふーん。いつもの『例のものをここへ』とかやらないのかなって思ったんだけど」
そういえば毎回、勝者は成果物を受け取るのがこれまででした。
「いや、今回はなんとなく。な」
まぁ、そうでしょう。なんていったって買ったのは自分なのですから。
「今日は先に帰るわ」
兄妹の仲睦まじい光景を背に直樹君は立ち去るのでした。
あとがき
体操着は中に入れない方が好みです。
でも、ちひろちゃんの場合に限り、入れてるほうが自然に感じますね。