月は東に日は西にSS・美琴ちゃんが行く2
「お題自体は楽なんだけどな…」
はぁ、と溜息をつくのは美琴ちゃん。
久しぶりに天文部のトランプで敗北してしましました。
一番最初に負けて以来、ずっと最下位は免れてますので、彼女が一応のところ負け無しの最長記録保持者でした。
今回のお題はテスト勉強に必要な道具を適当に見繕ってくる、というもの。
買ってくる物自体に意味はありません。ただ、条件があったのです。
「とりあえず1000円分以上な」
勝者の直樹君が言いました。
「ただし、これで支払ってきてくれ」
直樹君が取り出したのは、漫画などでよく見かける陶器のブタの貯金箱。
「これって、どういうこと？」
よく分からない、といった表情の美琴ちゃん。
「この中には俺が溜め込んだ1円玉が2000枚くらい入ってるから。それで払ってきて」
「えー」
管理人もアルバイトでレジをしていたことがありますが、最高で100枚近くの1円玉を出されたことがあります。
もちろん相手は小さいお子ちゃまでしたが。
違う意味で屈辱的な罰ゲームの始まり始まり…。
シャープペン、ノート、単語帳。勉強に使いそうなアイテムは簡単に揃うのですが、いざレジに向かおうとすると
なぜか躊躇ってしまいます。
なんでかって、美琴ちゃんの所持金は全て1円玉ですから。
値段表示を見て計算した所、1200円くらいの商品が買い物かごに入ってます。
支払に少し時間が掛かりそうなので、レジが空くのを待ちます。
やがて、レジに並ぶお客さんがいなくなりました。
すぐに並びそうな人もいないようです。
キョロキョロとあたりを見回すと
「よし」
意を決してレジへ向かう美琴ちゃん。
「いらっしゃいませ」
美琴ちゃんからかごを受け取ると手際よく計算していく店員さん
「お会計が1260円になります」
営業スマイルで合計金額を読み上げる店員さん。
「あのー、細かいんですけど良いですか？」
「はい、どうぞ」
店員さんは笑顔で対応します。
「では…」
美琴ちゃんが取り出したものを見て、笑顔を引きつらせる店員さん。
ビニール袋に大量に入った銀色のもの。紛れも無い1円玉です。
小さい子が『頑張って貯めました』みたいなオーラを放っています。
店員さんは辺りを確認しました。幸い、レジに並びそうなお客さんはいません。
「えっと…それ、丁度じゃないですよね？」
「すいません、これから数えます」
苦笑する美琴ちゃんと店員さん。
「「あははは…」」
乾いた笑いが空しく響きました。
店員さんと美琴ちゃんは黙々と1円玉を数えています。
「ここまでで600枚…」
やっと半分に辿り着いた所で、レジが混みはじめました。
途中でもう一台のレジが稼動を始めていたのですが、どうも1台では処理しきれないようです。
「あの、申し訳ありませんが、1度キャンセルしてよろしいですか？」
レジには、美琴ちゃんが買おうとしている文房具が登録されているため、会計処理をするか
キャンセルしないと動かすことが出来ません。
「あ、はい。すいません…」
顔をまっ赤にして、頷く美琴ちゃん。
列に並んでいる他のお客さんから注目を浴びまくっています。
「あのおねーちゃん、1円玉でお金払ってるよ〜」
小学生の低学年くらいでしょうか、小さい男の子が美琴ちゃんを指差します。
悪気は無いのでしょうが、その言葉にさらに注目が集まります。
「こら、見ちゃいけません！」
無邪気な子供を注意すると、そのお母さんは足早にその場を去りました。
遠巻きに見ているおばさん連中も何かヒソヒソ話してます。
嗚呼、世間の風は今日も冷たい。
（久住君の狙いはこれだったのね。ぐすん）
心で涙する美琴ちゃんでした。
「こ、これで1260枚…」
時間にして30分くらい掛かっていたのではないでしょうか、やっと1260枚の1円玉を数え終わった美琴ちゃん。
レジのサッカー台にずらっと並べられた1円玉。10枚ずつ、126組の1円玉が並びます。
なかなか凄い光景です。
「すいません、数え終わりました」
「あ、はい。少々お待ちください」
店員さんは一度キャンセルしていた文房具を再登録しました。
「1260円ですね」
店員さんもざっと126個の塊を確認して、レジにお金をしまいます。
レジの中が1円玉だけで満載になったことは言うまでもありません。
「ありがとうございました」
「ご、ご迷惑をおかけしました」
美琴ちゃんは深々と頭を下げると、逃げるようにお店を後にしました。
「で、美琴。どうだった？」
いやらしい笑みを浮かべながら、美琴ちゃんを問い詰める直樹君。
「サイテーだったよ。すごく恥ずかしかった」
「そりゃそうだよな。いい歳した女の娘が1円玉で支払いだもんな」
ぶつぶつと文句を言う美琴ちゃんをよそに、してやったり顔の直樹君。
そこへ通りかかったのは深野先生。
「ん？久住、勉強道具なんか買ってきたのか？珍しい」
天文席には美琴ちゃんが買ってきたノートなどの勉強道具が置いてありました。
「まぁ、たまには」
つい調子に乗って答えてしまう直樹君。
「そうか、じゃぁ次のテストで変な点数取ったら覚悟しろよ」
「いや、それとこれとは話が別」
「謙遜するな、期待しているぞ」
意地の悪そうな顔で深野先生は去っていきました。
普段の行いが、まさかこういう形で跳ね返ってこようとは誰が想像したでしょうか？
「頑張ってねー」
変なとばっちりが直樹君に降りかかったことで、逆に美琴ちゃんは嬉しそうです。
今日も天文部は平和です。
〜あとがき〜
久しぶりに書きましたねぇ。
恥ずかしい買い物のリクエスト、随時募集です。