月は東に日は西にSS・結先生が行く2
「いぢめられたほうが、まだましかもしれません」
ガックリと肩を落として歩くのは結先生。
天文部に顔を出したのが運のつきでした。
もう何度目になったか忘れましたが、恒例行事の天文部の暇つぶし。
ちょうど顔を出した時に、それが行われていたため、なし崩し的に参加することに。
そして、見事なまでの負けっぷりで最下位＋罰ゲーム。
今回の勝者は美琴ちゃんでしたが、なかなか良い案が浮かびません。
なので、勝手に
「特別ルールを行使します！」
とかいって他の部員と相談し始めます。
「そ、そんな。卑怯ですよ」
結先生は文句を言いますが、多勢に無勢。
しばらくして、どうやら意見がまとまったようです。
「では、今回のお題を発表します」
美琴ちゃんが勿体つけて宣言します。
「今回はぬいぐるみを買ってきてもらいます」
…え？
あまりに簡単すぎる内容に結先生、なんともいえない表情。
まぁ前回もそんなに難しいお題ではありませんでしたが。
「えっと、そんな簡単でいいんですか？」
つい聞き返してしまいます。
「ただし、条件があります」
美琴ちゃんは待ってましたと言わんばかりの勢い。
「一つ目はプレゼント用にラッピングしてもらうこと」
まぁ、当然というか、それくらいなら問題ないでしょう。
「二つ目は、買いに行く時はまるぴんを使用しないこと」
「えっと、近くに良いお店があれば紹介して欲しいんですが…」
まぁ、近くに売っているお店があればこれも特に。
「三つ目は」
「まだあるんですか…？」
呆れたような困ったような表情の結先生。
「150cmくらいのぬいぐるみにしてください」
「は？」
「ですから、150cm…っていうか、結先生の身長より大きければ何でもいいです」
『結先生の身長より大きければ』。ここが彼らの狙いです。
「ちなみに、誰かが助けの手を差し伸べても、断ってくださいね」
美琴ちゃんに悪意はないのでしょう。
が、十分に悪意が見え隠れしています。美琴ちゃんの後ろあたりで。
「というわけで、これが代金ですから。できればっていうか、今度の月曜日までにお願いします」
美琴ちゃんはお金が入っている封筒を結先生に渡しニッコリ。
あとで聞いた話によると、柚香ちゃんの誕生日が近いということで天文部からのプレゼントということだそうです。
幸い、季節はクリスマス前。あらゆるお店で多種多様なぬいぐるみを取り扱っている季節です。
1件目ではめぼしいものがありませんでしたが、2件目でそれっぽい品を見つけました。
大きいクマ、大きいブタ、大きいアザラシ。どれも、結先生の体長以上の大きさです。
特に種類は決められていなかったので、選ぶのは結先生の自由。
柚香ちゃんへの誕生日プレゼント、とおいうこともあり悩む結先生。
商品棚の前をあっちに行ったりこっちに来たり。
「私としては、大きいプリンのぬいぐるみなんかがオススメなんですけど…さすがにないですね」
そこまでこだわりますか、結先生…と、そんなわけでぬいぐるみコーナーの前で悩んでいます。
しかし、結先生は気付いていませんでした。彼女に熱のこもった視線を向ける人物がいたことを…。
「これにしようかな」
さわり心地の良いアザラシのぬいぐるみに決めたようです。前述したように、結先生の体長と同じくらいの大きさ。
幸い、低い棚に置いてあったので、手にとることは容易でしたが運ぶのは一苦労です。
それを見かねたのか、ある人物が結先生に声をかけました。
「お、おじょうちゃん。ぬ、ぬいぐるみなら…ぼ、ぼくが買ってあ、あげるんだな」
結先生の前に現れたのは、どこからみても○タク丸出しの風貌の大きなお兄さん。
いい年して背中のリュックに妙なバッジがいっぱい付いていたり、さらにポスターの筒が刺さっています。
無駄に薄汚れたバンダナなんかして。近付きがたい雰囲気が。
っていうか、俺もこんなヤツについて事細かに書きたくねぇ！
先ほど、結先生に熱視線を送っていたのはコイツでした。
「い、いえ！結構ですから」
思わずたじろぐ結先生。一応結先生もオトナの女性ですので、相手と年齢は大して違わないのでしょうが
その容姿を前にすると、どうしても顔がこわばってしまいます。
この手のタイプの人間とは関わっちゃいけない。人間としての本能が警笛を鳴らしています。
「ど、どんなぬいぐるみが好きなのかなぁ？オススメはリリ○ルなの○なんかがいいんだなぁ」
普通のお店では売ってません、はい。でも構わず勝手に話を進める○タク。
「な○はちゃん。最高だよね」
うっとり…てか、うぜーなコイツ。
「いえ、だから結構ですから」
両手をぶんぶん振り回し、後退さる結先生。
「そ、そんなことい言わずに。お、お兄さんと仲良くするんだな」
そういって結先生の腕を掴もうとするヤツ。というか、いくら結先生がオトナであっても、これ以上は犯罪だ！
結先生、久しぶりにピンチです。
「お、お子様の一人歩きはあ、あぶないんだな。変な人に誘拐とかされちゃう時代なんだな」
自分がその誘拐まがいをしていることにも気付いていないヤツ。
「わ、私は『お子様』じゃないです！」
ってか、反応するのはそこですか、結先生！？
まさに目の前で誘拐事件が起きようとしているのに、周りの客は我関せずと見てるだけ。
このままでは、結先生の貞操とか今後の人生とかに多大な影響を与えてしまいます！
薄笑いを浮かべながら、じりじりとにじり寄るヤツ。
結先生に手を伸ばそうとした、そのとき。
「お客様、いかがいたしましたか？」
ヤツの肩を掴み丁寧に話し掛けるのは2mに届こうかと思われる長身のガタイの良い大男。某スポーツショップ店員さんを連想させます。
ヤツとは違った良い方の意味で、さすがに普通の人でも驚くような人物です。
「ひっ」
ヤツはその姿を見て怯みます。
大男はヤツの両肩を抑え、居住まいを正させます。
「こちらのお客様とは、どういったご関係で？」
言葉は丁寧ですが、有無を言わせぬ迫力があります。
「お、おともだち…」
必死に声を絞り出すヤツ。
「と、申しておりますが？」
結先生に向き直り、確認を取る大男。
ぶんぶんぶん。
必死に首を振り、否定する結先生。
「だそうです」
改めてヤツの方を向くと、浮かべていた笑顔が少しずつ消えていきます。
大男はそう言うと目配せで近くにいた数人に合図しました。
「まぁ、話はゆっくり聞きましょうか」
ぞろぞろと現れた黒服にサングラスの連中。いったいどこに隠れていたのでしょう？
彼らはヤツの両腕を取ってどこかへ連行していきました。
残されたのは結先生と大男。
遠巻きに観ていた客連中も事態が解決に向かったのを知ると、おのおの散っていきます。
世間は冷たいもので、なかなかこういった事件がおきても、誰も助けに来ないんですよね。
「お嬢ちゃんも、ああいう男に声をかけられたら大きな声を出したり逃げたりしなきゃダメだぞ？」
大男は結先生の目線に合わせるようにしゃがんで結先生を諭します。
「それじゃ私は彼を更正させないといけないからね」
CMに出演できそうなほどステキな笑顔を振り撒いてその人物は去っていきました。
「いやぁ、危なかったですねぇ」
柱の影から出てきたのは直樹君でした。彼は結先生の危険を察知して、お店の人に警備員を配置するよう頼んでもらったのです。
自分が助けに行かないところをみると、ちょっと情けないです。
それを聞いて安心しまくる結先生。
「あ、危ないどころじゃなかったですよぅ」
もし久住君が近くを通りかからなかったら、今ごろ結先生は…。
いや、さすがに他の大人たちが助けてくれたと思いますが。
「でも、助かりました。ありがとう、久住君」
ぺこりとお辞儀をする結先生。
「ま。まぁ当然のことですよ」
なぜかどもる直樹君。
結先生が大きな荷物をせっせと運ぶ姿の写真を撮りに来た、とは絶対に言えない直樹君でした。
「では、結先生。例の物をって、もうすでにありますね」
カフェテリアのテーブルの上にどっしりと鎮座する大きな包み。
先日、美琴ちゃんが結先生に注文した品物です。
「おかげさまで、大変な目にあいました」
そのときのことを思い出し、はぁっと溜息をつく結先生。
「で、この荷物を運んでる風景は？」
美琴ちゃんは、直樹君に話を振りました。
「いや、その…なんだ」
慌てて目をそらす直樹君。
「あれ？写真撮ってこなかったの？」
「しゃしん？」
結先生が頭の上に???マークを浮かべます。
「はい。久住君が『結先生が働きアリのように、大きな荷物をせっせと運ぶ姿を』っとかなんとか言って」
「ばっ、美琴！俺はそこまで言ってないだろ！」
慌てて口をはさむ直樹君。しかし、これが致命傷。
「はっ」
恐る恐る、結先生の方を見る直樹君。
「久住君、どういうことですか？」
見てはいけないものを見てしまいました。
結先生の後ろには陽炎のような、というか怒りのオーラですな。そんなものが立ち上っています。
「それじゃ」
しゅたっと右手を上げて逃げ出す直樹君。素早いです。
「まちなさ〜い」
その後を追いかけて結先生も行ってしまいました。
「何があったんだろうね？？？」
「さぁ？」
取り残された美琴ちゃんと弘司君は首をかしげるばかりでした。
すりすり…。
「なんか落ち着く〜」
アザラシ君は柚香ちゃんの抱き枕として活躍したそうです。
〜あとがき〜
幼女誘拐未遂…だから結先生は幼女じゃないんですってば。
アザラシのぬいぐるみになりたい。