バレンタインな放課後
「ねぇ、それホントに渡すの？」
茉理ちゃんが呆れたような困ったような表情でちひろちゃんに聞いています。
「う、うん。いつもお世話になってるから」
そう答えるちひろちゃんの顔は心なしか赤いよう。
二人の前には丁寧にラッピングされた小さな包みが一つ。
今日は2月14日。となれば、誰もが気付くはずでしょう。
「直樹みたいないい加減なヤツに気を使うことないのに」
茉理ちゃんは肩をすくめます。
「茉理は渡さないの？」
「え…わ、私？私は…別に」
ちひろちゃんの質問にちょっとうろたえる茉理ちゃん。
肯定はしないものの、否定もしません。正直ですね。
「だってほら、イトコだし、そんなの気にしないっていうか」
何かと言い訳がましいことを口にする茉理ちゃんですが
「そっか、茉理もちゃんと渡すんだね」
ちひろちゃんは、クスっと笑います。
茉理ちゃんのことならお見通しということですね。
「あれ？恭子、その包みは何ですか？」
保健室でくつろいでいた結先生が、恭子先生の机の片隅にある小さな箱に気付きました。
「あぁ、それ？バレンタインチョコよ」
特に隠しもせずさらっと言う恭子先生。
「へぇ。誰にあげるんですか？」
「別にぃ。誰でもいいじゃない」
その辺はさすがに教えてくれない恭子先生ですが…。
「深野先生ですか？」
質問を続ける結先生。気になるようです。
「私、あの人苦手なのよねぇ」
苦笑いの恭子先生。深野先生は教師陣にも好き嫌いがあるよう？
「もしかして、久住君ですか？」
結先生の言葉にぴくりと眉をひそめる恭子先生。
「…図星ですか？」
「やぁねぇ。別にいいじゃない」
明らかに誤魔化す感じの恭子先生。
「特定の生徒と仲良くなりすぎるのは良くないですよ？」
いつもよりまじめな口調で話す結先生。
恭子先生は、その話題をはぐらかすように
「結は昨日いっぱい買ってたチョコプリン、どうするの？」
「な、なぜそれを」
恭子先生にそう切り返され驚く結先生。
「駅前のお店で見かけたから、ちょっと様子を見てたのよ」
してやったり、といった表情の結先生。
結先生は赤面＋おろおろあたふた。
「結ならプリンの10個や20個、余裕だと思うけど。別に包装してもらったのもあったわよね」
10個や20個はどうかと思いますが…。
「確かに昨日は15個買いましたけど…」
買ったのかよ、おい！
「それは…ちょっと」
言葉を濁す結先生。
「しかもそれを家庭科室の冷蔵庫に入れてある、と」
「な、なんでそんなことまで知ってるんですか！？」
「ふふん、美人養護教諭をなめんじゃないわよ」
意味が分かりません。
このお二人も仲がよろしいことで。
「こんなものかな」
保奈美ちゃんは出来上がったチョコレートケーキを見て、ほっと一息。
昨年と同様に、天文部に差し入れるバレンタインのチョコケーキ。
前日から仕込みを行っていたかいもあり、14日の昼にはほぼ完成しており、
放課後の短い時間で仕上げをしていました。
さすが、料理部のエースだけあって、その出来は市販品に引けを取りません。
ですが、今年は例年と違うことが一つ。
チョコレートケーキ以外にも、まだ他に用意してありました。
保奈美ちゃんはそれを結先生のチョコプリンが鎮座する冷蔵庫の奥から取り出します。
あらかじめ用意しておいた箱に丁寧に詰め、綺麗にラッピング。
最後に「st.Valentine」と書かれたシールで封をして出来上がり。
本職の人もびっくりの手際の良さです。
保奈美ちゃんはあまり自己主張するタイプではないですが、今年はちょっと違うようです。
一方、美琴ちゃんは…。
彼女は今、泣きながら走っていました。
放課後になるとダッシュで教室を出て蓮華寮に向かっています。
なぜかって？
チョコレートを自室に忘れてきてしまったからです。
まぁ、なんというか、美琴ちゃんらしいですね。
歩いて5分の蓮華寮まで30秒で駆け抜け、寮の前で掃除をしていた管理人の美由紀さんに走りながら挨拶を済ませそのまま3Fへ。
かぎを開けてテーブルの上に置いてあるチョコを引っつかみ、再度学園にダッシュ。
美由紀さんの怪訝そうな顔を後にして、学園に向かいます。
そのころ柚香ちゃんは弘司君と一緒にカフェテリアに到着。
カバンから早速チョコを取り出します。
「はい、お兄ちゃん」
「おう、ありがと」
そっけないやり取りですが、この二人にはそれで十分のようです。
「ん？なんだ、その大きいのは」
柚香ちゃんは弘司君にあげた分のものとは別に、もう一つ持っていました。
「これは…えへへ、久住さんに」
ちょっと頬赤くして照れ笑いの柚香ちゃん。
「な！」
驚いたのは弘司君です。自分のものと見比べて…明らかに向こうのほうが大きい。
動揺を隠せない弘司君ですが、頑張って平静を装います。
「お、お兄ちゃんのより…大きくないか？」
「うん、でもお兄ちゃんのは手作りだよ」
手作りだよ・手作りだよ・手作りだよ…
弘司君の心に響き渡ります。
「そっか、うん、そうだよな」
うんうんとうなずき、喜びを噛みしめる弘司君。目の端にうっすらと涙を浮んでいます。
「だって私の腕前じゃ、まだ久住さんに食べさせるわけにはいかないもん」
「え？」
「だからお兄ちゃん、そのチョコの感想聞かせてね」
広瀬兄妹は今日も仲睦まじい日々を送っています。
さて、われらが文緒ちゃんは…。
この日もクラス委員のお仕事で、残念ながらバレンタインとは無縁の生活。
直樹君と文緒ちゃんがらぶらぶになるのは、また別のお話。
「さてと、そろそろ仕事に戻らなきゃ」
カフェテリアが少し騒がしくなってきました。
「うん、私はもう少しここにいるね」
にっこり待ちのちひろちゃん。
「え、あ、そう」
茉理ちゃんは直樹君が来たらチョコを渡そうと思っていたので、ちひろちゃんがいるとちょっと気まずいのです。
そっけない返事になってしまいましたが、気にせず仕事に戻ります。
ちひろちゃんも、その辺を汲み取ってか特に追及はしませんでした。
「さて、そろそろ園芸部に顔を出そうかしら」
時計を見上げると、後片付けを始める恭子先生。
さりげなくチョコとおぼしき箱を白衣のポケットに入れます。
「そ、そうですね。私も天文部のほうに…」
ぎこちない笑みを浮かべる結先生。
二人揃って保健室を出ます。
「恭子、そっちは温室じゃないでしょ」
「結だって、そっちはカフェテリアじゃないわよ」
目が笑ってない笑顔同士の二人。端から見たらコワイ光景です。
「ち、ちょっとした用事があるのよ」
「わ、私もなんです」
そう言って別れる二人。結先生はちょっとだけ早足です。
「ちょっとカフェテリアに行ってくるね」
バレンタインなアイテムを持った保奈美ちゃんは料理部の後輩に声をかけて家庭科室を出ます。
「先輩、頑張ってくださいね」
後輩の女の子が保奈美ちゃんに向かって小さくガッツポーズ。
「うん」
保奈美ちゃんはそれを見て素直に頷きました。
そこに入れ違いで結先生が家庭科室へ。
「あ、藤枝さん。お借りしていた冷蔵庫なんですが」
「はい、空いてますから、いつでも大丈夫ですよ」
「じゃぁ、早速。それでは」
てててっと小走りで冷蔵庫前に移動。
家庭科室の冷蔵庫は大きいので、結先生はちょっと背伸びをしながらチョコプリンを取り出します。
「失礼しました」
目的のものを手にすると、また早足で家庭科室を後にする結先生。
「ねぇお兄ちゃん、今日は久住さんは？」
ちょっとだけ黄昏モードの弘司君に柚香ちゃんが尋ねます。
「授業中の居眠りしてたからな。深野先生にお小言をもらいに行ってる」
不機嫌なのか、ぶっきらぼうに答える弘司君。
そんなのお構いなしに
「久住先輩、早くこないかなぁ」
柚香ちゃんは止めを刺すのでした。
そこへ駆け込むように一人の女の子。
「ねぇねぇ、久住君は？」
真冬だというのに、額にうっすら汗を浮かべて息を切らしている美琴ちゃん。
「まだ来てないですよ、ってどうしたんですか？」
柚香ちゃんが美琴ちゃんを見るなり、驚いた表情で聞き返します。
「えへへ、蓮華寮に…忘れ物を取りに…行ってたから」
柚香ちゃんは美琴ちゃんの奥にちひろちゃんがいることを発見。
「あ、ちひろもいるんじゃない。ちひろ〜、こっちにおいでよ〜」
ここがカフェテリアというのも構わず、ちひろちゃんに呼びかける柚香ちゃん。
それに気付いたちひろちゃんはちょっと困った顔で天文席までやってきます。
「柚香、大きい声で呼ぶのはやめてよぉ」
そういっても笑顔なちひろちゃん。
「あの、久住先輩は？」
「うん、まだ来てないの」
「あ、ちひろは誰にチョコをあげるのかなぁ？」
目ざとい柚香ちゃんは、ちひろちゃんのチョコを見つけてしまいます。
「え、えと、その…く、久住先輩に」
とっさに後ろにチョコを隠すちひろちゃんですが、もう手遅れ。
「ちひろも久住さんにあげるんだ。私もなんだ」
「え…そうなの？」
ちひろちゃんはちょっと驚きます。
「いいよなぁ、直樹は人気があって…」
だれかがそんなことをつぶやいた気がしましたが、見なかったことにしましょう。
「こんにちは」
そこへ先ほど家庭科室でチョコケーキを作っていた保奈美ちゃんが登場。
「こんにちは、藤枝先輩」
みんなが口々に挨拶を交わします。
「あ、藤枝さん。その手に持ってるのは…？」
保奈美ちゃんの持つ大きめの箱に早速目をつけた美琴ちゃん。
「うん、今日の差し入れ。バレンタインだから、チョコレートケーキだよ」
「やったぁ！」
「あら、美味しそうじゃない」
「そうですねぇ」
なんだかんだで恭子先生と結先生は同時にカフェテリアへやってきました。
恭子先生のチョコは白衣のポケットに、結先生は後ろ手にチョコプリンを持っています。
「久住君は来てないんですか？」
結先生たちも直樹君の所存が気になるようです。
「いらっしゃいませ〜、なんてね」
さらにそこに茉理ちゃん。いつの間にか学園の制服を着ています。
「あれ、まつりん。委員会は？」
柚香ちゃんがもっともな質問。
「うん、どうしてもシフトを変わって欲しいって子がいたから変わってあげたの。だから今日はお終い」
結局、茉理ちゃんもこの輪に加わります。この間に実は茉理ちゃんもチョコをスタンバイ。
ご都合主義が過ぎますが…。
文緒ちゃんを除く、おなじみの面々が一同に会してしまいました。
この場にいる唯一の男の子の弘司君ですが、残念ながら彼女たちにあまり相手にされてません。
天文席の隣のテーブルをくっつけ、いつもの2倍の面積に陣取ります。
さっそく保奈美ちゃんが用意したケーキをみんなで試食。
そう、一応試食会も兼ねているのですよ？
「おいし〜。しあわせ〜」
にへら〜っと、だらしない表情の美琴ちゃん。本当に幸せそうですね。
「むぅ。藤枝先輩。強敵です」
「で、でも私だって・・・」
柚香ちゃんとちひろちゃんは、その美味しさにプレッシャーを感じているようです。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまです」
さすがの保奈美ちゃんも、この大人数を予想していなかったため、直樹君が到着する前に
ケーキは平らげられてしまいました。
でも直樹君の分を残さなかったのを止めなかったのは、保奈美ちゃんが別のチョコを用意してたから？
さて、そろそろメインイベントに入りたいところですが、渦中の直樹君は未だに現れません。
「久住くん、遅いね」
一番に食べ終わった美琴ちゃんがつぶやきます。
「早くしないと悪くなっちゃいます」
冬なので、よほどのことがない限り大丈夫でしょうが、結先生のはナマモノなので油断できません。
「なんだ、みんな久住目当てだったの？」
呆れ気味の恭子先生。
「仁科先生も人のこと言えないじゃないですか」
すかさず突っ込む結先生。
「今日は来ないんでしょか・・・」
チョコを手に、心配するちひろちゃん。
「別に明日でもいいんじゃない？」
茉理ちゃんはそう言いますが
「あー、まつりんずる〜い。自分だけおうちで渡すんでしょ」
柚香ちゃんが、鋭いツッコミ。
「ま、まさか・・・。どうせ義理だし」
あたふた茉理ちゃん。
蓮美台学園は今日も平和です。
「あ、来た！」
誰が言ったか、その一言で視線はカフェテリアの入り口へ。
さて、この後繰り広げられるのは…？
あとがき
実質2日で書いた時事SS。世間でバレンタインをやってるらしいので、乗ってみました。
3月14日に続編が間に合えば書いてみようかなって感じです。
今作と対をなすような、久住君の苦悩でも書きましょうか（笑）