本命は誰の手に？
「ねぇねぇ、まつりんは久住さんからバレンタインのお返しもらった？」
「うん、一応ね」
天文席で話し合っているのは柚香ちゃんと茉理ちゃん。
「それってどんなのだった？」
「どんなのって。普通のだよ」
「そっか、まつりんも普通のお返しなんだね」
今日は3月14日。気になるあの人にチョコをあげた女の子が、お返しを期待しても良い日です。
ですが柚香ちゃんの表情を見る限り、結果は彼女にとって芳しくなかったようです。
「まつりんの情報が正しければ、誰かが本命用のお返しを受け取ってるはずなんだよね」
そうつぶやきながら窓の外を眺める柚香ちゃん。
「うん、義理っぽいお返し以外に、分けてあったのを見かけたから」
数日前にたまたま直樹君の部屋に入る機会があり、そのとき目にしたそうです。
そのことを柚香ちゃんに話したがために、彼女は期待いっぱいだったのですが。
「だれがそのお返しをもらったんだろ…」
組んだ両腕にあごを乗せて、どこを見るでもない風の柚香ちゃん。
「まぁ、なるようになるんじゃない？」
しょんぼりしている柚香ちゃんとは対照的に、強がってみせる茉理ちゃんですが、やはりちょっとさびしそう。
二人して窓の外を…たそがれてます。
「ねぇ結、久住からお返しはもらった？」
「ええ、いただきましたよ」
こちらは恭子先生と結先生。保健室で談笑しています。
恭子先生はやはりコーヒーを。結先生はココアを用意しています。
それぞれ準備が終わると、椅子を用意してまったりモード。
結先生は傍らから小さな包みを取り出すと、机の上に広げて見せます。
「久住君は私の好みを良く分かっていますね」
クッキーは無地の袋でしたが、その匂いで一発で分かります。
「プリン風味のクッキーなんて。私幸せです」
クッキーを一つ口に頬張ると、にへーっと溶けるような表情の結先生。
「なかなか手に入らないものなんですよ、これが」
いや、ただ近所に売ってないだけ…。
「はぁ、ホント幸せよね」
恭子先生はため息をつくと、直樹君からもらったコーヒーキャンディを一つ頬張るのでした。
コーヒーを飲みながらコーヒーキャンディ。恭子先生、強者です。
「これで終わりっと」
手にしていたホウキを片付けると、美琴ちゃんはう〜んと、背筋を伸ばします。
「うん、お疲れ様。だね」
一緒の掃除当番だった保奈美ちゃんも掃除道具を片付けて戻ってきました。
「あ、そういえば」
思い出したように、ぽんっと手を打つ美琴ちゃん。
「藤枝さんは久住君からバレンタインのお返しはもらった？」
「うん、今朝なおくんの家に行った時にもらったよ」
「ねえねぇ、どんなのだった？」
「どんなのって、普通のお返しだよ」
なんかやりとりが柚香ちゃんと茉理ちゃんのにそっくりです。
「天ヶ崎さんはどんなものをもらったの？」
「え、私？えっとね、杏仁豆腐風味のクッキーだったよ」
「へぇ、そういうのもあるんだね」
「うん、さすがに私も驚いたよ」
果たして、杏仁豆腐味のクッキーなんて美味しいのでしょうか…？
「食べてみる？」
「うーん、どうしようかなぁ？」
さすがの保奈美ちゃんもその味は想像できないのか、あいまいな返事を返すだけ。
「だよねぇ」
主のいない直樹君の机を二人で眺めるのでした。
さて、茉理ちゃんの情報が正しければ直樹君は…？
「この鉢植えはこっちでいいの？」
「あ、はい。お願いします」
「了解」
せっせと温室の片付けに勤しむ直樹君。温室での作業も慣れてきているようです。
「あの、久住先輩。そろそろ休憩にしませんか？」
おずおずと提案するちひろちゃん。
「うん、そうだね」
首をコキコキ鳴らしながら、身体をほぐす直樹君。
「じゃぁ私、お茶の用意をしてきますので」
ちひろちゃんは嬉しそうに微笑むと、温室からいったん出て行きました。
直樹君はちひろちゃんが温室から出て行ったのを確認すると自分のバッグから何か取り出しました。
綺麗にラッピングされた小さな箱。おや、これは？
「お待たせしました」
しばらくして、ちひろちゃんが小さい水筒を手に戻ってきました。
「すぐに準備しますね」
ちひろちゃんはベンチに二人分のマグカップを用意すると、お茶の準備を始めます。
「あ、ちひろちゃん。ちょっといいかな？」
直樹君は後ろ手に小箱を持ってちひろちゃんに近付きます。
「はい？」
お茶の準備の手は止めず、顔だけ振り返るちひろちゃん。
「これ、バレンタインのお返しね」
「え？」
ここでやっとちひろちゃんの手が止まります。
というか、すべての動きが止まって、直樹君の持っているものを凝視している感じ。
固まってしまったちひろちゃんに戸惑う直樹君。
「えと、イヤだったかな…？」
「いえ、そ、そんなことありません！」
即答です。今まで止まっていた人とは思えないくらい。
「お返しをいただけるなんて思ってもいませんでしたから」
「その、なんだ。喜んでもらえたんなら、俺も嬉しいよ」
ちょっと照れて見せる直樹君。珍しいです。
「は、はい！大切にします」
受け取ると上ずった声で最敬礼のちひろちゃん。
「いや、大切にされても困るんだけど…」
「え、えと、そういう意味じゃなくて」
顔を赤くして弁明するちひろちゃん。
なんか温かい雰囲気。もすぐ春ですしね。
その後、二人は…ってこれ以上は野暮ってもんでしょう。
とりあえず…めでたし、めでたし。かな？
〜あとがき〜
ちひろちゃんは委員長の次に好きです。
色々と悩んだ結果、こんな感じに落ち着きました。
ちょっと短めなのは時間がなかったから。