タービン号with茉理
「遅刻する〜！」
「茉理、お先！」
「あー、直樹！待って、待ってってば！」
慌ただしい朝の一コマ。今日は保奈美が日直で先に学園に行っているので
久しぶりに一人でタービン号かと思ったのだが、同じくして茉理も寝坊したらしい。
玄関でもたもたしている茉理を追い抜き、タービン号を引っ張り出す。
待てといわれて待つヤツはいない、って使い方が違うか。
「直樹、後ろ乗せて！」
茉理も皆勤賞を狙ってるから結構必至だ。
このまま走っていっても遅刻は決定的だ。
「仕方ねぇな。ほら、急ぐぞ」
茉理のカバンを受け取り、前カゴに突っ込む。
「うん、よっと」
自転車の後ろに茉理が座ったのと同時に俺はペダルを踏み込んだ。
「とっ…ととぉぉ！？わ、わわ。ちょっと、待って！」
「待てない、待ったら遅刻する」
俺は茉理の言うことを聞かず、更に足に力をこめた。
ちらりと腕の時計を見る。時間は…まずいな。
保奈美を乗せてない分スピードが出せるからまだ余裕なハズだったんだが。
一分一秒を争う展開だ。茉理が保奈美クラスの重心移動を出来るとは思えん。
ロスを最小限に止めるためにも無駄な動きはしてられない。
「飛ばすぞ。捕まってろ」
「待って、スカート！スカートが」
お尻の下にスカートが敷けてなかったのだろう。茉理が後ろで慌てる。
「減るもんじゃなし、我慢しろ」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ！」
不安定ながらも蓮美坂の下まで辿り着いた。
残された時間は…2分か。本格的にヤバいな。
茉理が保奈美より若干軽いのが救いか。
「な、直樹のバカー！」
どれだけの人にサービスショットを提供したか知らないが茉理は涙声だ。
そんな茉理をよそに、俺は気合を入れなおす。ここを乗り切ればゴールだ。
「ラスト！」
「うわ、あぶ、あぶなっ！」
ここまで右手で俺の腰に捕まり、左手でスカートを抑えていた茉理はついに両腕を俺の腰に回す。
観念したのかと思ったが、幸いなことに坂にはもう誰もいない。
それに気付いて両腕を回したのかは知らないが、俺は存分にペダルを踏み込む。
それくらいヤバい時間なのだ。
「ぬおぉぉぉぉ…おおぉぉぉぉ」
筋肉が悲鳴をあげる、限界が近い。
途中でくじけそうになったが最後の力を振り絞り、一気に坂を駆け上った。
残り一分。茉理を校門で降ろして自転車置き場へ。
「直樹、あとで何か奢る」
それを言い残すと茉理はダッシュで昇降口に入っていった。
1年の教室は昇降口から一番遠い。頑張れよ、って俺もだな。
自転車を置くと最短ルートで昇降口に向かう。花壇を飛び越えるのなんて朝飯前だ。
ちひろちゃんに見られたら悲しい顔をされそうだが、今日は勘弁して欲しい。
昇降口をそのまま突っ切る。上履き？そんなのは今の俺の辞書にはない！
見つかれば説教ものだが、今のところ気付かれた試しはない。
キーン…
本鈴が鳴り始めた。残りは10秒弱。階段を駆け上がると教室に入ろうとしている結先生が見えた。
くっ、時間通りすぎるぜ結先生。
俺はもつれそうになる足を必至に動かして駆ける。
コーン…
本鈴の最後の一鳴り。残り1秒か。俺は教室の扉に手をかけ、文字通り滑り込んだ。
「とりゃあ！」
ずしゃぁぁぁ。
ま、間に合った…か？
「出席を取ります。久住君は早く席についてくださいね」
「は、はい」
倒れたままの格好で俺は返事をすると机に向かった。
間に合った。
クラスメイトから好奇の目を浴びながら、俺は椅子に座るとそのまま机に突っ伏した。
「ぐへぇぇぇ」
情けない声を出している気もするが今日は見逃してくれ。
「ギリギリだったね。今までで一番危なかったんじゃない？」
隣の美琴が話し掛けてくる。
「ぜぇ、ぜぇ……あぁ…茉理も……乗せてきた…」
「おお、さすがお兄ちゃん」
「…もう……懲り懲りだ」
それだけ言って俺は呼吸を整えるのに専念した。
結先生が連絡事項を話していたが全然耳に入ってこなかった。
ホームルームが終わり、結先生が学生名簿をたたむ。最後に
「それと久住君」
「はい？」
どうにか落ち着いた俺は返事をしたが、結先生を見て凍りついた。
やばい。なんか恐いくらいに笑顔だ。
「靴のまま校内に入るのは良くないですね？」
な。知ってたのか！？
「あ。えと」
返答に窮する。まさかバレてるとは思ってもいなかった。
「あとでお掃除、しましょうね？」
「はい…」
俺は従うしかなかった。
放課後、罰の掃除を終えカフェテリアへ向かった。
「おす」
「お疲れさん」
「お疲れ〜」
口々に挨拶をすると席につく。
「今日は大変だったね」
早速美琴が話し掛けてきた。
「あぁ、茉理を乗せるのは予定外だったからな」
「ふ〜ん、そうなんだ」
保奈美が日直で先に行ってたので、一人ならと思ってたことを美琴にも説明した。
「でも、間に合ってよかったね」
「まぁそりゃな」
程度にもよるが、遅刻は後々の進路にも大きく響くことはない。
そのため、いざとなれば遅刻でも問題ないのだが。
「はい、コーヒー」
そこへまだ注文もしていないコーヒーが運び込まれた。
持ってきたのはもちろん茉理である。
「今日は助かったから、それは私のおごりでいいわ」
珍しい、茉理がそんなことを言っているなんて。
「やけに素直だな」
「一応、遅刻は免れたしね。そのお礼」
ぶっきらぼうに答えた茉理。そして話題は今朝のことになる。
「聞いてくださいよ。私が後ろに乗った後、コイツどうしたと思います？」
「何かあったの？」
「スカートを上手く敷けなかったから待ってって言ったのに、そのまま走り出すんですよ？」
茉理は朝の出来事を美琴たちに説明していった。
「別にスカートくらいで何を」
俺は茉理をあしらうとコーヒーを啜った。ん、んまい。
しかし茉理は俺のセリフを無視して自己主張を続ける。
「直樹に掴まるのとスカートを抑えるのでいっぱいいっぱい。おまけに猛スピードですよ」
とにかく俺を悪者にしたいらしかった。
「でも遅刻は免れたんだろ？それくらい安いじゃないか」
俺は茉理のスカートを持ち上げた。
「ふむ、今日は緑と白のストライプだったか」
「うわ、大胆」
「おいおい」
美琴は目を丸くして驚く。弘司は冷静を装いながらも見るものは見ていた。
「角度的に俺らしか見えないから安心しろ。あと、もう少しセクシーなのを穿け」
俺はスカートを下ろすと茉理に忠告してやる。
「……おきゃくさま」
茉理は俺の右腕を掴むとテーブルに叩き付ける。同時にその腕に自分の体重をかけてきた。
勢いでテーブルに倒れこむ俺。マズイ、右腕を固められた。
「ちょ〜っとばかりお仕置きが必要かも知れませんねぇ？」
茉理が俺の目の前に置いてあるコーヒーカップを見て微笑んだ。
さっき口にしたコーヒーは、それはもう熱くて美味しかったですよ？
「待て、それはヤバイ」
茉理が何をしようとしてるか想像がついた。俺は抵抗する。
が、体勢が悪い上に完全に腕が極まっていて、茉理相手とはいえ身動きが取れない。
「ちょっと熱いだけだから。すぐに済むって」
「嘘だ、すぐに済むわけないだろ！」
茉理はコーヒーカップを持ち上げると、ゆっくり傾ける。かなりマズイ。
カップが持つ熱気が近付いてくる。本格的にヤバイ。
その後、俺がどうなったかは語るまい。
〜あとがき〜
ということで遅刻しそうな茉理ちゃんを乗せて猛ダッシュ。
ためらうことなくスカートに手をかけた久住君に乾杯。
※痴漢行為は犯罪です。絶対に真似しないでください（笑）