養護教諭vs黒い悪魔

ガサガサ

私の視界の端に黒い塊が通り過ぎていった。
まぁ梅雨だし、アイツが出てきてもおかしくない季節である。
しかし、ここは保健室。衛生には常に気を配らなくてはならない場所である。
なので私はそいつを駆逐することにした。

机の引出しから取り出したのは高さ10cmほどの小さなブリキのおもちゃ。
ロボットみたいな容姿で腕にあたる部分には鋭利なドリルと、カッターのような刃が備わっている。
100年後の世界ではポピュラーになっているゴキブリ自動追尾駆除機。
その名も「デーモンバスター」。
リモコンによる遠隔操作も可能な優れ物だ。
なぜゴキブリがデーモンなのか?それはこの商品最大の謎であるが、一説には。

…そんなことはどうでもいい。

私は標的を設定すると、そのロボットを床に置いた。
カシャカシャと音を立てながら、先ほどゴキブリが通った道を追っていく。
薬品棚の裏、ベッドの下などを通りながらロボットはゴキブリを追いかける。

しばらくしてやや大きめの音がした。

ギュルルル…ガシャン。

ドリルが回転し、カッターが床に叩きつけられたようだ。
終わったかな?私は満足するとデスクワークを再開した。

ギュルルル…ガシャン。

さっきとまた同じ音がした。2匹いたのかしら?
まぁ1匹見たら30匹はいるって言うし。

ギュルルル…ガシャン。

2度目。なんとなくさっきのも失敗だったんじゃないかなって気がしてくる。

ギュルルル…ガシャン。

3回目。そろそろ腹が立ってきた。

ギュルルル…ガシャン。

仏の顔も3度まで。私はキレた。

「あー、もう!うっさいわね!」
やり場のない怒りを吐き出すと、私はリモコンを操作してロボットを呼び出した。
素直にベッドの下から出てくるデーモンバスター。
少し埃を被っているものの、至って綺麗だ。
いや、この場合は綺麗な状態であってはならないのだ。
捕らえるべきものを捕らえていないのだから。

100年後の文明も現代のゴキブリには適わないのか?
私は1枚単位の書類はまとめて引き出しに放り込み、パソコンにシートをかぶせた。
薬品棚の扉をしっかり閉じて、ベッドの布団をたたむ。
コーヒーメーカーを綺麗に洗い、日当たりの良い場所に移動する。
これでほぼOK。
このあとはちょうど昼休み。昼食を終える頃にすべてが片付いているはずだ。

私はある容器に水を流し込み、それを保健室の中央に置いた。
またたく間に保健室が煙に包まれる。現代の文明の利器、バ○サンである。
保健室のドアに『旅に出ます』の札を下げると私はカフェテリアに向かった。

天文席で昼食を取っていた久住をからかっていたら、緊急の警報を知らせる放送が流れた。
「火事です。保健室から出火しました」
その放送とともにカフェテリアが騒然とする。
私はその放送の内容に耳を疑った。
「恭子先生、なんか火事みたいですよ?」
「は?」
久住もそう言っている。聞き間違いではないようだ。
火事も何も、さっき保健室を出たときには何もなかったのに。
唯一、出火の原因になりそうなコーヒーメーカーもさっき洗ったから、電源は間違いなく入っていない。
とにかく私は保健室へ走った。

保健室の前で結がおろおろしていた。
他にも様子を見にきた野次馬生徒たちが保健室を囲むようにしている。
結は走ってくる私を見て安心した様子で
「恭子、無事だったんですねぇ…」
安堵の表情を浮かべる。そりゃ私は平気だけど…。
「火事って、別に何でもないじゃない」
私は真っ白な煙を噴く保健室を見ながら言った。
うん、これだけ部屋に充満してれば効果は期待できそうね。
「何でもって、煙が出てるじゃないですか!」
「当たり前よ、バ○サンを焚いてるんだから」
「え?だって、けむり…」
保健室を指差しながら、だんだん声のトーンが落ちていく。
「だから、バ○サンを焚いてるの。OK?」
言ってて何かヤな予感がしてきた。
なんか結も気まずそうな顔をしている。
やっぱり私は聞かなくちゃいけないのかしら…?
ほぼ鉄板でYesの返事が得られそうな質問を結に投げる。
「もしかして警報機を鳴らしたのって、あんた?」
「…」
申し訳なさそうにコクリと頷く結。
「だ、だって保健室から煙が上がってたんですよ!?」
「どこの世界に真っ白い煙の出る火事があるのよ!」
「あんな看板が下がってたら、もしかしたらって思っちゃうじゃないですか!」
「あたしだって医者よ。自分でそんな事する訳ないでしょ」
「それにまだ開けてないプリンがたくさん」
「な、それが本音じゃないでしょうね!?」
「だってだってだって…」
私はだんだん熱くなり、結は徐々にトーンダウン。
私たちが言い争っていると
「なんだ、火事じゃないじゃん」
「つまんないの」
今までざわざわしていた野次馬連中たちは、原因がわかると早々に散っていった。

ダダダ…。
後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。
「仁科先生、無事ですか!」
安全第一と書かれた黄色いヘルメットをかぶり、バケツいっぱいの水を抱えた深野センセが走ってきた。
どこで調達したのか、銀色の防火服まで着用している。まったくもって用意周到な人だ。
「日ごろの訓練の成果を試す時が来たようですな!」
深野センセは楽しそうだった。何の訓練だろう…突っ込む気力もない。
にわか消防隊員の深野センセは保健室の扉を開けると、中に突っ込んでいった。
「く、煙で前が見えん」
そんな声が聞こえる。
「火の手はどこだ〜!」
もちろんそんなものはない。
野次馬もいなくなり、保健室の前に取り残される私と結。
誰に見られているという訳でもないが、とにかく居心地が悪い。

「逃げましょうか?」
「はい、深野先生には申し訳ないですが…」
私と結は顔を見合わせると、音を立てずにかつ、急ぎ足でその場を後にした。



あとがき
このシリーズでは深野先生はギャグキャラ扱いですね。まぁいい感じの役になってはおりますが。
一通りキャラも出たので、次は各部活を回ってみましょうか。

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