創作プリン第1回

「ひまだね〜」
天文席でテーブルに突っ伏した美琴が、降りしきる雨を見ながら呟いた。
「あぁ、暇だな」
今日で3日連続になる雨。
こう雨に降られ続けちゃ、遊びに行くことも適わない。
まぁ、いつでも俺は天文席でコーヒーだが。

「こんにちは〜」
と天文席でだらだら過ごしていたら、今日は結先生がやって来た。
「こんちは、先生。どうしたんですか?」
「えぇ、料理部のキッチンを借りてプリンを作りましたので、みんなで食べようと思いまして」
ニコニコ顔で言う結先生。
結先生は手に持っていたやや大きめのバッグを持ち上げて見せた。
「やった♪結先生大好き〜」
ちょうど食べ物が尽きていた美琴は大喜びだ。
「今日は趣向を凝らして、新しいプリンにチャレンジしてみたんですよ」
自慢げに話し、早速バッグからプリンを取り出す結先生。
1つ、2つ、3つ。次々にテーブルに並べられていくプリン。
しかし出されてくるものを見るうちに不安が込み上げてくる。
よく見ると、色がおかしいのだ。
まぁ、プリンと言えどもいくつか種類があるのはさすがに知っている。
牛乳プリンなら白、抹茶プリンなら黄緑といった感じに元になる素材の色が反映されることはある。
しかし今日のは何だ?とにかく不安をそそられる色のものしか出てこないのである。

俺は弘司と美琴の表情を伺った。やはり困った顔をしている。
並べられていくプリンが不思議な色をしているのは見間違いではないようだ。
「あの…結先生。これ、何のプリンですか?」
全体がやや黒く、時おり銀色がかったものが垣間見えるプリンを指差して聞いてみる。
「さすが久住君。お目が高いですねぇ」
謎のプリンについて聞かれて、嬉しそうに答える結先生の口から発せられたのは…。
「これは世界初の鮭の皮プリンです!」
ドラ○もんが不思議道具を取り出したときのように、変な効果音付きでそのプリンを掲げる結先生。
その台詞を聞いた、カフェテリアでお茶していた学生の何名かが吹き出した。
厨房では何かを割ったような音もしている。無駄にカフェテリア全体を巻き込んだ惨事になっている。
なんちゅーものを作ってますか、この先生は。
鮭プリンならともかく、と言うことでもないがピンポイントで鮭の皮というところがスゴイ。
「これは鮭の皮をふんだんに使いますので、鮭一匹に対して、一個しか出来ない貴重なプリンなんですよ」
その貴重さを説明する結先生だが、聞く気にはなれなかった。
それ以前に、鮭とプリンを合わせた物を想像しただけで、吐き気をもよおすのは気のせいか…?
「じゃぁ、この赤黒いのは…?」
それ以外にも不安な色をしているプリンについて聞いてみる。
「それは梅干プリンですね。酸味がまろやかになって良い感じですよ?」
「あの…味見したんですか?」
弘司が恐る恐る聞いてみる。
「えぇ、ばっちりです」
親指と人差し指で丸を作ってみせる結先生。絶対ウソだ!
どれも濁った色をしたプリンばかりだ。いや、これをプリンと呼んだら、プリンを発明した人に失礼かもしれない。

「あ、でもこの色のは美味しそう」
ややピンクに近い赤のプリンを指差した美琴。まぁ、見た目は悪くない。
「それは紅しょうがプリンですね。梅干プリンより酸味は控えめです」
だから、何でそんなものでプリンを作りますか?
「あ、あはは…おいしーかもしれませんね…」
乾いた笑いを漏らす美琴だった。
他にも麺が泳いでいるラーメンプリン、海の幸(ナマモノ)がたくさん詰まった海鮮プリン。
極めつけはハンバーガープリン。所々に見える黒い断片は国産牛100%らしい。が、明らかに素材の無駄遣いである。
その後も一種類の食材じゃなく、一品料理を丸々プリンに突っ込みました、って感じの品が次々と紹介される。
梅干プリンがよっぽどマトモに見えてくるほどだ。
ただ不思議なことに匂いは悪くない。消臭剤でも入れてるんじゃないだろうか。
しかし、どれも危険極まりないものばかりなことに変わりはなかった。
さっき結先生が世界初と鮭の皮プリンを世界初と言っていたが、他のものも全て世界初である。
「さぁ、お好きなものからどうぞ!」
満面の笑みで、危険なプリンを勧める結先生。
「さ、さぁって言われても…」
安心して食べられそうなものはこの中には全くない。100歩譲っても紅しょうがプリンまでだ。
俺は結先生とプリンを交互に見つめる。そのとき
「あぁ、おれきょうはようじがあったんだ。じゃぁななおき〜」
弘司が台詞を棒読みであっという間にいなくなった。危険を察したのだろう、懸命だが…許せん。
「広瀬君は用事があるのですか。残念ですね、こんなに美味しいプリンが食べられないなんて」
気の毒そうに弘司の後姿を見つめる結先生。美味しいとか言ってますよ、この人は。
「わ、わたしもようじが…」
席を立とうとした美琴だが、その腕を俺が掴んだ。
「美琴は今日は暇だって言ってたよなぁ?」
掴む腕に少し力をこめた。
「あ、あはは…そう、だったね…」
諦めて座りなおす美琴。絶望と言う言葉に打ちひしがれた表情をしている。
「じゃ、じゃぁ私これ食べる!」
諦めて何か吹っ切れたのか、決心して謎プリンの一つに手を伸ばす美琴。
「あ、お前。それは」
美琴は一番安全そうな紅しょうがプリンに手を伸ばしていた。
「あとは全部久住君が食べていいからね」
「ば、ばか。こんなもん食える…」
「こんなもん…ですか?」
俺と美琴の口論に割って入った結先生の台詞。しまった。
「私が作ったプリンを…『こんなもん』呼ばわりですか、久住君?」
結先生は笑っていた。口元は笑っていなかった。目が据わっていた。
「ひっ、な…なな、なんでもないです、とってもおいしそーです」
「そうですよね、こんなにいい色をしているのに」
うっとりした表情で、銀色に光るものが見える鮭の皮プリンを眺める結先生。
それは間違ってますよ!とは言えない俺だった。
「じゃぁ久住君には『若者に人気』のハンバーガープリンを差し上げましょう」
ウソだウソだウソだ。どこの世界にそんな物好きがいるか。
だが有無を言わさず結先生はハンバーガープリンを渡してきた。
見た目も料理のうちと保奈美が話していたが確かなことである。人間はマズそうと認識したものはなかなか口にする事が出来ない。
ミキサーか何かにかけたのだろう、細かく砕かれた、元ハンバーガーと思しき物体がプリンの中で泳いでいた。
これが『ハンバーガー屋のプリン』だったらどんなに楽なことか。屋があるかないかでえらい違いだった。
「が、頑張ってね久住君」
気の毒そうに俺を見る美琴。美琴も例の紅しょうがプリンを前にして固まっている。
「あ、スプーンがないですね。はい、どうぞ」
いよいよ決断の時がやってきてしまったようだ。
どこに隠し持っていたのだろう、二人分のスプーンを用意した結先生。
結先生からスプーンを受け取ると、試しにプリンに突き刺してみる。
下までスプーンが通った。ハンバーガーは見事に微塵になっているようだ。
ひとすくい。
スプーンに乗ったプリンから見えるのは…。
牛肉、レタス、パン粉?そうだな、パンをミキサーにかけたらパン粉になる。
それらがプリンの中に点々と混ざっている。

「せっかくですから私も一緒に食べましょう。世紀の発明の鮭皮プリンっと♪」
結先生だけ楽しそうだった。
「でわ、みんなで食べましょうか。いただきます」
結先生が鮭皮プリンを前に手を合わせる。
ひとすくいして口へ運ぶ。
「はぁ、なんて美味しいのでしょう…」
うっとり。
「うそっ!」
思わず叫んでしまったのは美琴だ。
「ウソじゃないですよ。この塩加減、微妙に残った油の香りをプリンのカスタードの甘味が中和しています。
甘さ控えめのサッパリしたお味ですね」
10gの塩を溶かした水に同量の砂糖を入れても元の水には戻らない。小学生でも知ってる知識だ。
そんなスマートな味になるはずがないのである。
しかし、結先生は美味いという。やはり結先生の味覚はおかしいのだろうか?
「さ、久住君も天ヶ崎さんも、どうぞパクっと」
笑顔で勧める結先生。もう適わない、この人には。
比較的安全そうな美琴は覚悟を決めたようだ。
「天ヶ崎美琴、逝きま〜す!」
なんか字が違った気がする。
はむっ。
美琴が例の紅しょうがプリンを口にした。
「どうでしょうか?」
期待に満ちた目で美琴を見つめる結先生。
「…」
美琴は口には入れたが咀嚼しない。そのまま固まっている。
みるみるうちに目に涙が溜まってきた。
「〜〜〜〜!!!」
美琴は突然立ち上がると、
「久住大佐、我輩はもうダメであ…がっ!」
口の中のものを咀嚼せずに話そうとしたのだろうが、見事に噛んだ。
その後も、モゴモゴと良くわからない言葉を発しながら美琴はカフェテリアから走り出していった。
頑張った、よく吐き出さなかったな美琴。
俺は美琴の後姿を涙ながらに見送った。
「涙が出るほど感動的な味だったんですね。製作者の私としても嬉しいです」
美琴の行動をあさっての方向に解釈してる人物が一人。
そしてその人物は俺に向き直り
「さぁ、今度は久住君の番ですよ」
死刑宣告が出された。俺も覚悟を決めるしかないのか!?
そこへ、新たな生贄もとい天の助け。
「いらっしゃいませ〜」
茉理が注文を取りに来たのである。おそらく、結先生がカフェテリアに入ってきたのを見たあと
誰も注文を取りに行ってないことに気付いたのだろう。
「野乃原先生、まだ誰も注文取りに来てませんでしたよね?」
「あ、はい。えっと、プリンはまだあるので…アイスコーヒーを」
「アイスコーヒーですね、かしこまりました。では」
注文を取り、厨房に戻ろうとする茉理を引き止める。
「おい、茉理。ちょっと待て」
「なんでしょーか、直樹」
何かのイタズラだろうと思ったのか、茉理は俺のことを不審そうに見てくる。
「お前さ、黄色と青と緑、どの色が好きだ?」
俺は何の説明もなしに、茉理に聞いた。
もちろんプリンの色のことなのだが、当然そのことは伏せておく。
「何よ、唐突に」
胡散臭そうに俺を見る茉理。
「いいから、どの色が好きだ?」
「変な直樹。そうねぇ、強いて言えば黄色かな」
我が従兄妹、変な所に律儀だな。しかし、もう遅い。
「じゃ、これを頼む」
俺は茉理に黄色いプリンを手渡した。
ちょっと、というかかなり色が強いだけで、至って普通のプリンにしか見えない。
「どうしたのよ、これ」
そのプリンを受け取り怪訝そうな顔をする茉理。
「あ、それは私が作りました」
テーブルから身を乗り出して主張する結先生。別にそこまでしなくても…。
「傑作ですから、ぜひ召し上がってください」
「へぇ、そうなんですか。では早速」
とっさに黄色っぽいプリンを掴んだのだが。見た目は悪くなかった。
「色が強いですけど、レモンかグレープフルーツでも入れてあるんですか?」
そうだな、柑橘系の果物を連想させるような色をしている。
普通ならそう考えるのも無理はない。しかし、今日の結先生は一味も二味も、っていうか根本的な味が違う。

「いいえ、『たくあん』です」

カシャ〜ン。
結先生の言葉を聞いた瞬間、茉理がスプーンを落とした。結先生の言葉で凍りついていたカフェテリアに、無常にも良く響いた。
あまりにも予想通りの答えが出た。
ほんの少し間をおいて、茉理がスプーンを拾う。
「あ、新しいスプーン持ってきますね!」
そう言い残して厨房へダッシュした。
ちっ、逃げたな。
結局、茉理の乱入は俺の死刑執行をわずかに引き伸ばしただけに過ぎなかった。
「では、改めて久住君。ハンバーガープリンを食べてみてください」
笑顔笑顔の結先生。きっと俺が『美味しい』って言うことを期待しているんだろうなぁ。

『いつもお世話になってる先生だろ?ここは顔を立ててやるのが礼儀だぜ』
『何言ってんだ、この味覚音痴に本当のことを教えてやれよ』

天使風直樹と悪魔風直樹が脳内小競り合い。

『本当のことを言ったら相手が傷つくじゃないか。それに不味くても美味いっていうのが真の漢』
『アホか、明日の我が身を守るためだろう?こんなもの食えるか〜って、テーブルごとやっちゃえよ』

プリンを前にした俺は、色々と考えてしまった。
「どうしました?遠慮しないで、食べていいのですよ?」
怪訝そうな顔をして、俺を見上げる結先生。遠慮なんかした覚えはこれぽっちもない。
「わ、わかりました。たべさせていただきます」
台詞が棒読みになったが、この際気にしない。もう食べるしかないのだ。
さっきすくった一口分のプリンを口に運ぶ。

『よし、それでこそ漢だ!』
脳内天使は満足げだ。

『俺はまだ死にたくねぇー!』
脳内悪魔は死を覚悟していた。

はむ。意を決して口に含んだハンバーガープリン。
プリン特有のカスタードのまろやかな口当たりが…広がるはずがない。
最初に舌で感じたのは焦げた肉片だろうか。小さく砕かれたその食感はさながら砂利のようだ。
その小さい塊にまとわりついて、変な甘味を加えているのがプリンのカスタード。
肉に加えられた塩分とはこれっぽっちも調和が取れていない。
微妙に硬度のあるゼラチンのようなもの…これはレタスだろうか、無駄にカスタードの甘さが染みていて気持ち悪い。
ダメだ、これ以上は口の中で転がしていられない。
俺は、そのまま一気に飲み込んだ。嫌な後味が口内に残る。
ハンバーガープリンは今まで食べたことのある食べ物の中でも、トップクラスの不味さを誇っていた。
料理を覚えたての頃の茉理の失敗作のほうがまだ良心的だ。

「ぐっ」
しつこい後味に俺はつい顔をしかめてしまう。
「美味しくないですか?」
結先生が潤んだ瞳で俺を見上げている。悪い回答など出てくるはずがないと、その瞳が言っている。
何と言うべきか。

『ウソでも美味いと言っておくんだ。後の展開が楽になる』
『アホかー、こんな不味いもの食わせるなー』

脳内戦争再発。
いつも何かとお世話になっている結先生。これまであったことが思い起こされる。
初めて会ったときは初等部の子と間違えな。自己紹介のときに、身長も聞いたりしたっけ。
あぁ、これは走馬灯ってやつじゃないだろうか。
「カ、カフェテリアに置いたら…売れるんじゃないかなぁ、なんて」
朦朧とする意識の中、いつのまにか俺はそんなことを口走っていた。
ガシャーン!
厨房からスゴイ音がした。
「そうですよねぇ。きっと学生さんに大人気になるはずです」
同意するように頷き、その光景を思い浮かべているのか、ぽーっとした表情の結先生。
「全生徒が私の作ったハンバーガープリンを…ロマンですねぇ」

『そうだ!よく言った!』
『ギャー。絶対にまた食わされるー』

第3次脳内戦争。
と、いろいろ考えている時に、目の前を一瞬だけ光るものが通過した。

トスッ。

乾いた音がした。気がつくと、俺の目の前にはフォークが突き刺さっていた。
飛んできた方向を見ると、鬼の形相をした茉理の姿が目に入った。
どうやら先ほどの台詞が気に障ったらしい。中指まで立てている。
おいおい、女の娘がそんなことをするんじゃありません。
俺は結先生に気付かれる前にそのフォークを懐にしまうと、茉理を睨み返した。
茉理はべーっと舌を出して厨房に引っ込んでしまった。

まぁ、ハンバーガープリンがカフェテリアに並ぶかどうかはともかく…。
今は目の前の状況を打開せねばなるまい。
俺たちのやり取りを遠くから見ていた野次馬たちは既に消えている。
というか、これ以上ゲテモノを見ていられないというのが本音かもしれない。
カフェテリアは運営委員を除き、ほぼ無人となっていた。

『先生方へご連絡します。間もなく職員会議が始まりますので、職員室にお集まりください』
今日のラストチャンスと思われる校内放送が入った。
「あ、もうそんな時間なんですか」
カフェテリアの時計を見上げる結先生。
時計は5時ちょっと前を指している。
「じゃぁ、私は職員室に行きますので、これは久住君に差し上げます」
まだ手のついていなかったプリンを箱に戻して、俺に手渡す結先生。
「は、はい…」
とりあえず受け取ってしまう俺だった。
「味わって食べてくださいね。それじゃ、また明日」
ニッコリ笑ってカフェテリアを出て行く結先生。
突然解放され呆然とする俺。…助かったのか?

「味わって食べてくださいね、だって」
いつの間にか後ろに茉理が立っていた。
そして俺の手元を覗きこむ。
「どうするの、それ」
箱を指差して聞いてくるが
「どうしたものかな。処分に困っている」
俺は肩をすくめた。
「保奈美さんなら美味しく作り直してくれるかも」
「いや、いくら保奈美でもそれは無理だろ」
「そうよねぇ」
まだ僅かに見える結先生の背中を見送りながら、途方に暮れる俺たちだった。

「食うか?たくあんプリン」
「謹んで遠慮させていただきます」


〜あとがき〜
いつもの倍のスケールでお送りしました。
本編おまけシナリオの「時空転移プリン」をさらにバージョンアップさせたものですね。
結先生の創作意欲には頭が下がります。

委員長を応援する部屋に戻る
はにはにSS TOPに戻る
TOPに戻る