創作プリンプリン
「あっちぃなぁ〜」
梅雨も明け、本格的な夏の到来。窓際の天文席はカフェテリアの空調を嘲笑うかのように問答無用で暑い。
天気予報では晴天がしばらく続き、水不足が懸念されるとかなんとか。
ぼちぼち、学園祭に向けての出展についてを考え出そうかと集まってみたものの、見事に暑さにやられていた。
そこへやってきたのは天使か悪魔か…。
「夏プリンの時間がやってきましたよ〜」
とてとて走ってくるのはお馴染み結先生。大きな荷物を抱えているので非常に危なっかしい。
見ているこっちがハラハラする光景だ。
「やっと、新作が出来上がりました！」
満面の笑みで天文席にやってきた結先生。
「じゃーん、夏プリンセットですよ〜」
どうですか！と言わんばかりに無い胸を張る結先生。
弘司も美琴も『来ちゃった』みたいな顔をしている。きっと俺もそんな表情をしているに違いない。
「わぁ、プリンですか？やった〜」
唯一、転校してきたばかりで事情を知らない柚香ちゃんだけが、大はしゃぎしていた。
「今回は夏を題材に、いろんなものをアレンジしてみました。
そういって今回も次々とプリンをテーブルに並べる結先生。
「まずはマンゴープリンからですね」
まともな単語が出てきたのには驚いたが、そのプリンを見てもっと驚いた。
なんか赤茶けている、というかどす黒い。どうやったらマンゴーでこんな色が出せるのだろう。
「あ、あの…それ、本当にマンゴーですか？」
同じことを思ったのだろう、弘司が聞き返した。
「はい？私マンゴーなんて言いましたか？」
首をかしげる結先生。
「え？たしかそう言いましたけど…」
弘司は俺たちの顔を見回す。俺もマンゴーと聞こえたので頷いた。美琴も柚香ちゃんも同様だ。
「えっと、よく聞いてくださいね。これは『マンボウプリン』です」
「「は？」」
「マンボウは食べられる部分が少ないですし、すぐに悪くなってしまうので貴重なんですよ？」
一同、固まる。
「あ、あの…マンボウって海にいるあれ、ですよね…？」
やっと弘司が口を開いて、結先生に確認する。
あの海にいる平べったい魚のことだろう。
「はい。それ以外にマンボウってありましたっけ？」
「いえ、ないと思います…」
「そうですね、平たく言うとお刺身プリンですね。そう考えていただければと思います」
あっさりと言い放って次の説明の準備をする結先生。
こ、ここは流して良いのか？俺は他の連中の様子をうかがった。
しかし、誰も何も言わなかった。
「続いて、ブルーハワイプリンからです」
鮮やかな青に彩られたプリンが差し出された。
プリンの基本である黄色はまったく影をひそめ、ほぼ青。
どっちかって言うと蒼というほうがニュアンスは伝わるだろうか。
「隠し味が入ってますが、何かはお楽しみです」
ちょっとだけ意地悪そうに説明する結先生。
この手の秘密は絶対に危険なものが入っていると相場が決まっている。
見た目が悪くないのが残念だが、これも食べるのは危険が伴うだろう。
よくよく考えると、水洗トイレの『某置くだけ』を連想させる形がなんとも言えない。
以前、保奈美からブルーハワイについて教えてもらった気もしたが、覚えていなかった。
「さらに、こちらは焼きイカプリンです」
「うわ・・・」
イカの姿焼き。ちょっと興味を引かれる形をしていた。
こんがり香ばしい香りをしている焼きイカ。ハラワタの部分にプリンが詰められていた。
「本来イカには醤油ですが、今回はカラメルソースで味付けしてみました」
いや、醤油にせよカラメルソースにせよ、凄い味になっていることは間違いない。
イカを甘く煮たものだと思えば食べられないこともなさそうだ。
しかし、カラメルソースと言っている割には、醤油の匂いがするのは何故だ？
「そして、これは以外に傑作ですよ」
もったいぶった結先生。もう驚くこともないと思っていたのだが。
「じゃーん、焼きオニギリプリンですよ〜♪」
とっておき、といった感じで効果音付きで差し出してきたのは…驚いた。見た目悪っ！
黄色いプリンの中にブツブツと茶色いご飯粒が浮いていた。
ご丁寧に、ご飯粒の半分がプリンに埋まって規則正しく並んでいて、なぜかそれに恐怖を感じた。
「ご飯の粒が立つ、とはまさしくこのことですね」
などと結先生は話すが、昆虫の卵みたいなそれを目の前に一同が固まった。
「うわ…コオイムシの卵みたい」
「「げ」」
言わなくていいことを柚香ちゃんが言ってしまい、一同が顔をしかめる。
「コオイムシって？」
きょろきょろするのは美琴。でも無視した。知らないほうが幸せだろう。
言わなければ気付かないかもしれないが、一度気付いてしまうとそれ以外に見えない錯覚。
果てしなく気持ち悪い。今までで最悪のデザインだった。
注：コオイムシ
水生生物。メスはオスの背中に卵を産み付ける。
「続いてヒマワリの種プリンです」
「「ぎゃ〜」」
俺たちの様子を見ていたのだろう、隣のテーブルから悲鳴が聞こえた。
これも焼きオニギリプリンと同様に、黄色いカスタードの中に黒っぽい種がブツブツと浮いている。
並んでいる粒（タネ）が白黒のまだら模様なのが不気味さに拍車をかけていた。
さっきと同様、悲惨なデザイン。2連発である。
普通、ヒマワリの種は外の殻を割って中身を食べるものだが、殻ごと入っている。
本当に食べられるものなのか、甚だ疑問だった。
「そうそう、久住君はこの前『夏バテだ』って言ってましたから、特別にこれを用意しました」
結先生が思い出したように、ぽむと手を叩く。
「うぐ」
少し前になるが、部活をサボろうとした口実に夏バテだと言ったことがあった。
そのツケが、まさかこんなことになろうとは…。
「という訳で鰻の蒲焼きプリンですよ。ちょっと大きいですけど、これだけ食べればスタミナ全快です！」
「う…うなぎできましたか…」
ラーメンどんぶりを少し小さくした大きさくらいの容器に入ったプリンが手渡された。
プリンに混じってうなぎが入っていた。演出だろうか、頭と胴体の一部がプリンから飛び出すようになっている。
そして、ご丁寧に山椒がふってあった。
「やりましたね、久住君。尾頭付きですよ」
そう言ってウインクしてみせる結先生。
その仕草があまりにも可愛いだけに、残酷だ。
次々と紹介される、夏プリンセット。
昆虫の卵っぽいプリンが一番恐ろしかったため、インパクトは薄いがそれでもゲテモノ揃いだ。
常軌を逸脱している。
夏祭りスペシャルはちょっと色が茶色っぽいが普通のプリンのように見える。
しかし綿飴、あんず飴、チョコバナナ、クレープ、三角くじなど祭りの定番が混ざっているらしい。
チョコバナナのチョコの色が主体なのだろう。それが素材をカモフラージュしている。
チョットマテ。
三角くじって食い物だったか！？
結先生は説明を続けている横で、俺たちはどうやって逃げ出そうかを考え中だった。
全ての説明が終わるまで残された時間は少ない。
俺は今回のターゲットを広瀬兄妹に絞ることに決めた。
「美琴、ちょっと耳かせ」
美琴を呼び寄せる。
「なに、久住君？」
「前回、弘司に逃げられたから今回はヤツを堕とす。いいな、協力しろ」
「え？えぇと…うん、分かった。私も逃げていいんだよね？」
「もちろんだ。つーか、お前それ以前に補習だろ」
広瀬兄妹に気配を悟られないようにしながら合図を交わす俺たち。
「いらっしゃいま…し、失礼しましたー！」
一瞬だけ登場した茉理だったが、全てを悟ったのかそのまま踵を返してしまった。
部外者とはいえ、茉理も前回逃げた人物の一人だ。巻き込みたい所だが…。
とりあえず、弘司をはめてからにしよう。
「そういえば、弘司。もうすぐナントカって流星群が見られるんだってな」
「え？あ、あぁ。7月の中旬くらいだが」
結先生の動きを警戒しつつ、俺に返事をよこす弘司。
「結先生、弘司が今度の流星群の観測で相談したいことがあるそうです」
「そうですか、ではプリンでも食べながらゆっくりお話しましょう」
小さく「よいしょっと」と言って、椅子に座りなおす結先生。顧問モード全開だ。
よし、もう逃げられないだろう。
「あ、直樹。てめ」
「広瀬君はどれがいいですか？んー、焼きオニギリプリンがオススメですが」
一人でどんどん話を進めていく結先生。どこまでもマイペースな人だ。
「ぐっ…そ、それは…」
普段冷静な弘司が明らかにうろたえている。
「悪いな、弘司。俺と美琴は数学の補習なんだ。達者でな」
「ごめんね、広瀬君」
本当は美琴だけが補習なのだが、俺もこの場から逃げ出したい。
適当に誤魔化しつつ、カフェテリアを出ようとする。
「そうなんですか、残念ですね…」
結先生はそんなに残念そうでも無い風で俺たちを見送ってくれた。
「じゃホントに補習に行ってくるから」
「そうだったな、今日の小テストの結果、散々だったもんな」
居眠りをしてテスト時間を大幅に削ってしまった美琴。
ただでさえ、成績が芳しくない彼女である。今日はそれに加えて、居眠りしたもんだから気の毒な結果になっていた。
本来なら少し多めの宿題で済むはずが、寛大なフカセンにより補習となったらしい。
まぁ、宿題と補習、どちらが幸せかは敢えて言うまい。
「うん、死なない程度に頑張ってくるよ」
頼りなさげな表情でカフェテリアを後にする美琴。俺はその背中に心の中でエールを送りながら見送った。
さて、俺はこれからどうするか。
せっかくだし、家庭科室でも冷やかすかな。最近行く機会も減ってたし。
少なくとも結先生のプリンよりは良いものを食わせてもらえるだろう。
俺は家庭科室に向かうことにした。
「ごちそうさん」
俺の目論見どおり、見た目も味も美味しい料理部の料理をいただいた。
「あ、なおくん。もう帰る？一緒に帰ろ」
「おう」
後片付けをする保奈美を手伝って一緒に家庭科室を出る。
と、そこにいたのは。
「結先生…と弘司？」
家庭科室前の廊下に結先生と弘司が立っていた。
なぜ二人がここに。いや、理由は一つしかない。結先生の手には例のバッグが。
俺は二人が何か言う前に逃げることを選択する。
「保奈美、逃げるぞ」
「え？」
今回のことに保奈美を巻き込む訳にはいかない。俺は保奈美の手を掴むと、そのまま走り出した。
事態を飲み込めていない保奈美だが、何も言わず俺に合わせてくれる。
さすが、持つべきものは良い幼馴染みだ。
幸い今日は遅刻寸前だったので、自転車置き場まで行けばタービン号で逃げ切れる。
「あ、こら。直樹、待て！」
「く、久住君。待って〜！」
後ろから弘司と結先生の叫び声が聞こえる。そんなの聞いてられん。
どうにか弘司たちを撒いて、自転車置き場にたどり着いた。
「なおくん。手、もういいかな」
「あ、あぁ。悪い」
家庭科室を出てからずっと手を取ったまま走ってきた。
保奈美の手首が少し赤くなっているのに気付く。が、保奈美は手を後ろに回してそれを隠してしまった。
「じゃ、帰ろうか。疲れちゃったから後ろ、乗せてね」
無理にでも話題をすり替えようとする保奈美。すまん。
保奈美は俺が結先生たちから逃げてきたことについて言及しなかった。
「おう。今自転車取ってくるから待っててくれ」
2年生が自転車を置ける場所は自転車置き場の入り口から見て一番奥である。
保奈美を入り口に残して俺は自転車を取りに行く。
がしかし、そこにはもう一人刺客がいた。
「ゆ、柚香ちゃん…」
「こんにちは、久住さん」
『俺は今回のターゲットを広瀬兄妹に絞ることに決めた』
すっかり忘れていたが、あの場に柚香ちゃんも残していったのだ。
つまり、柚香ちゃんも例のプリンのいずれかを口にしている。
「そんな怯えないでくださいよ、久住さん」
笑顔で近付いてくる柚香ちゃん。しかし今の柚香ちゃんにはいつものほんわかした雰囲気がない。
なんというか、柚香ちゃんの周りの空気が異常に冷たい気がする。
「大丈夫です。久住さんを捕まえたりしません。ただ忠告をしにきただけです」
「忠告？」
「流星群の観測の日、かくご・・・いえ、楽しみにしていてください」
いつもより少し低い声で話す柚香ちゃん。
流星群観測の日？どういうことだ？
一度『かくご』と言った後、『楽しみに』と言いなおしている。その言葉の意味を図りかねていると
「天体観測の準備には、何かと男手が必要みたいですから。絶対に休ませないと、お兄ちゃんが言ってました」
ぐぁ、しまった。そういうことか。
ポンなんとかって流星群の観測の日は、嫌でも結先生や弘司と一緒にいなければならないことになる。
広瀬兄妹はリベンジをその日に絞ったのである。適当な理由で抜けられない、観測の日に。
「それと、参加しなければ、それなりの措置を取るように野乃原先生にも頼んであります」
それなりの措置、何を頼んだかは知らないが、穏便に済むようなことではないだろう。
「美琴さんは本当に補習だったらしいので、今回は見逃してあげるとお兄ちゃんと決めました」
「ターゲットは…俺一人か？」
「あはは」
蠱惑的な笑みを浮かべる柚香ちゃんは答えない。その顔から真意は汲み取れなかった。
「それじゃ、久住さん。お疲れ様です」
最後にそう言って柚香ちゃんはその場を去ろうとする。
だらだらだら…。
冷や汗が頬を伝う。まずい、まずいですよ。
そ、そうだ、最後にこれだけは聞いておかなければ。
「ゆ、柚香ちゃん！」
「なんですか、久住さん？」
突然呼び止められて、怪訝そうな顔をする柚香ちゃん。
「柚香ちゃんは、何のプリンを食べたんだ？」
少しの間の沈黙。柚香ちゃんは遠い目をして
「焼きおにぎりプリンです。たぶん、焼きおにぎりはもう食べられません。好きだったのに…」
俯いて悔しそうに唇を噛む柚香ちゃん。
そう言い残して柚香ちゃんは走り去った。
一瞬、涙が見えた気がした。泣いていたのか？
「なおくん、どうしたの？」
俺が戻ってこなかったからだろうか、保奈美がすぐそこまで来ていた。
「い、いや、なんでもない。帰るか」
「うん」
あくまで冷静を装おうとする俺に保奈美は何も言わなかった。
保奈美を自転車の後ろに乗せて蓮見坂を下る。
「なぁ、保奈美？」
「うん？」
坂を下りきり、道が平坦になった所で保奈美に聞いた。
「美味しくないものを、どうしても食べなきゃいけないときはどうしたらいい？」
結先生の特製プリンから逃れるために打ち出した解決策とは…。
〜あとがき〜
創作プリン第2回。柚香ちゃんも加わって、天文部は大荒れです。
次回は更なる悲劇が…。
どっちかって言うと、健気な保奈美ちゃんを描けた事のほうが満足（笑）