創作プリンプリンプリン
流星群の観測日当日。
あの日以来、俺は広瀬兄妹と変わらずやって来たつもりだった。
しかし、微妙に彼らとの間に壁がある。
それは今日という日のために存在しているといっても過言ではなかった。
ただ、今日の俺には秘策があった。
あの日の帰り、保奈美に相談したこと。
「元の食材より強い味のものを混ぜちゃえば、味自体は消えるけど」
「そうなのか？」
「だからといって、食材自体が美味しくなるわけじゃないけど…」
「あぁ、それで十分だ。サンキュ」
簡単に言うと、カレーなら多少無茶な食材を具にしても、それなりのカレーにはなると言うことだ。
自転車をこぎながらそんなやり取りをしていた俺たち。
そしてその結果、俺は今日ひとつの隠し味を用意した。
いや、隠し味じゃないな。この味をメインにして、食材の味を消すのである。
『ハバネロソース』
最近流行りの辛いソースらしい。そういえば、茉理もそんなお菓子を食ってた気がする。
これがあればプリンが美味かろうが、不味かろうが、かき混ぜてしまえばただ辛いだけである。
「入れすぎると体に悪いよ」
と保奈美に釘をさされたが、いざと言う時は仕方ないと思う。
俺は辛いものは苦手じゃないので、多少の辛さならどうにかなると踏んでいた。
見た目や食感に関しては、この際目をつぶるしかないだろう。
対プリン用の準備を整えて、俺は学園に乗り込んだ。
集合場所は屋上。階段を上る足が重い。やはり行きたくないのが本音である。
屋上への鉄製のドアを開ける。見るとすでに弘司と柚香ちゃんが準備を始めていた。
「悪い、遅れたか？」
時間どおりに出てきたつもりだったが。
「いや、時間どおりだ。問題ない」
「こんばんは、久住さん」
返事をした弘司も、挨拶を返した柚香ちゃんもどことなきぎこちない。
いまの彼らは俺のことをどう思っているのだろう。その表情からは読み取れなかった。
と、弘司が準備の手を止めて俺を見る。
「すまん、直樹。お前、死ぬかも知れん」
「は？」
突然弘司に謝られた。しかも、内容が聞き捨てならない。
顔を合わせずらい、と思っていたが、どういうことだ？
「いや、結先生に強力なのを頼むってお願いしたら…」
すまなそうに話す弘司のいい分はこうだ。
軽い気持ちで言ったのだろう、結先生に新作を、それも味の濃いやつとかで、とお願いした。
俺が喜ぶからとか、期待してるとか、多少脚色していたのが災いして、かなり強烈なプリンを用意したらしい。
そのプリン、一足先に美琴が味見をしたという。
「だから、天ヶ崎さんは今日休みだ」
理由になってない気もする。俺は先を促した。
「そ、そんなに酷いのか？」
「あぁ、結先生はプリンに１滴混ぜただけだと言ってたんだが」
一適？いったい何を入れたのだろう、想像もつかない。
いや、ひとつだけ思い当たるふしがある。
「プリンは辛いとか、苦いとかそういう系統の味なのか・・・？」
俺はとっさに悟った。気づいてしまった。今回のプリンは辛い。
弘司の『一適混ぜただけ』と言う言葉が示している。
俺がハバネロソースで『味を打ち消そうとした』のも、食材に一適入れることなのだから。
「スプーン一口分食べた天ヶ崎さんは、気を失ったよ。蓮華寮の管理人さんが話してたが、そのあと入院したらしい」
あまりの辛味に思わず吐き出してしまったそうだ。しかし、それが幸いした。
口の中を少しやけどした程度で済んだらしい。ただ、炎症があり、数日は病院へ通うという。
場合によっては傷害罪を適用されかねない状況だろう。
本人に悪意がないとはいえ、今回のプリンは凶器になりうる。
「…まぢですか？」
プリンを一口食べて入院かよ。普通ではありえないことに絶句する。
「死ぬなよ」
「く、久住さん。お達者で」
なんだか俺が負け戦の戦地へ赴くような言い草だな。
広瀬兄妹に哀れみの目で見られながら、俺はその時ある人物に電話をかけた。
相手は料理の達人、保奈美先生である。保奈美は携帯を持っていないので自宅にかける。
ちょっと気恥ずかしい。
3度目のコールで相手が出る。
「はい、藤枝です」
「あ、もしもし。久住ですが」
「あれ？なおくん？」
保奈美の声は母親のそれとよく似ているため、間違えやすい。本人たちもそう言っている。
「保奈美か。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
どうやら相手は保奈美らしい。保奈美のお母さんは俺を『直樹君』と呼ぶからだ。
いつだったか『なおくん』は私の専売特許だよ、って話してたのを思い出した。
が、残念ながらそんなことを思い出しているときではない。
「うん、なぁに？」
「カルデラって辛いソース、知ってるか？」
「え？」
「カルデラ」
「…うん。あの、世界一辛いっていう」
押し黙った保奈美が、重い口調で答えを出す。さすがに知っていたか。
「あぁ、それだ。それってやばいのか？」
「うん・・・凄く辛くて取り扱いも危険なソースだよ。誓約書とか書かなくちゃいけないみたい」
心配そうに話す保奈美。電話越しでもその表情が目に浮かぶ。
「どのくらいやばい？」
「えっと…タバスコの3000倍以上っていってたけど、分かる？」
単純に何倍辛い、といわれても俺には良く分からない。
そもそも、そんなに辛いものなどは俺の生活範囲内には存在していない。
「いや、ピンと来ないな」
「うん、私も本で読んだことがあるだけだけど…不用意に触るとヤケドするくらいなんだって」
触るとやけどする液体…硫酸とかそういう類じゃないのか、それ。
「…ホントに食いもんなのか、それ？」
「うん、通販とかで買えるみたい。でも、数量限定で販売してたと思う」
「そ、そか。サンキュ」
俺は電話を切ろうとしたが、保奈美が先に口を開いた。
「あ、それで結先生のプリンはどうだったの？」
「…あぁ、これからだ。しかもその『カルデラ』入りらしい」
「えぇ！？ほ、本当に危ないよ？」
保奈美の声が変わる。いつも冷静な保奈美からは想像も出来ないことだ。
「あぁ、スプーン一口で美琴もぶっ倒れたらしいからな」
「当たり前だよ。バケツ一杯分くらいの水に１滴入れるだけでも、まだ全然辛いんだから！」
まくし立てるように話す保奈美。だが、俺に残された時間はもうないらしい。
階段を上ってくる足音が後ろから聞こえている。
「そうだな、生きて帰れるよう努力するよ。じゃぁ」
「あ、ちょっと。なおくん！」
まだ何か言いたそうな保奈美を無視して電話を切った。
自分で蒔いた種とはいえ、かなりヤバイことになっちゃったな。
俺が電話を切るのと同時に、結先生が屋上にやって来た。
「こんばんは〜」
諸悪の根源のお出ましだ。
手にはいつものバッグを持っている。先日、散々俺たちを苦しめたものが収められてたあのバッグだ。
「こ、こんばんわ、結先生」
各々が挨拶を返す。しかし、俺たちの顔が引きつっていたことは言うまでもない。
「観測までまだ時間がありますよね」
と前置きした上で
「腹が減っては戦が出来ぬ、と言いますから」
早速持ってきたプリンを箱から出す結先生。
透明な容器に盛られたプリン。見た目は至って普通のプリン・ア･ラ･モードである。
カスタード部分は黄色、カラメルは茶色。カラメルの上にはホイップクリーム、さらにその上にチェリーが乗っていた。
まったくもって理想的なプリンである。
この見た目に美琴はまんまと騙されてしまったのだろう。
これに、美琴が気を失うくらい強力な成分が含まれているとは想像し難い。
毎度のことだが、匂いは巧妙に隠されている。
本当なら強烈な唐辛子の匂いがしてもおかしくないはずなのに。
「見た目も良く出来ました」
そう話す結先生。今まで悲惨なプリンを見せてきた人にしては、確かにまともなプリンである。
「天ヶ崎さんは美味しさのあまり、気を失ってしまったんですよ」
いや、それ美味しかったからじゃないから！しかも病院送りだし。
「あの、結先生は食べてみたんですか？」
「いえ、私はやはり甘い方のプリンが好きですから。あ、辛くなる前なら味見してますから、大丈夫ですよ」
さらりとプリンが辛いという結先生。
全然大丈夫じゃねーよ、と叫びたくなった。
「痺れるほどの辛味が良いアクセントになってるはずです」
普通に答える結先生。しかし、その言葉はどう聞いてもプリンの味の感想とは思えない。
「ささ、どうぞ。久住君のために用意したんですから」
結先生に勧められ、渋々スプーンを手に取る俺。
第六感が危険を訴えているのだろうか、スプーンを持つ手が震える。
スプーンの先にちょこっとだけ、プリンをつけてみる。ほんのひとかけら、スプーンの端にプリンがついた。
匂いは…悪くない。というか分量が少ないので、あまり匂いを感じないのが本音だが。
恐る恐る口に持って行く。そして舐めてみた。
「ぬおぉぉぉぉおおお…」
強烈な辛味がほとばしる。いや、辛いのではなく痛いのだ。
わずかに舌先に乗せただけのプリンがこれだけの辛味なのだ。
一口分とはいえ、美琴が気を失うのも無理はない。
というか、生きてることのほうが不思議だ。
「ゆ、ゆいせんせーもひとくちろうれすか？」
痺れて呂律の回らない口をフル活用して、結先生にも勧める。反撃。
「そうですね。では少しだけ」
マイスプーンを用意した結先生は俺からプリンを一すくいして口に運んだ。
そう、ひとすくいだ。ほんのちょっとだけでも痛いくらい辛いのに、小さじ一杯分くらいか。
「〜〜〜！！」
思いっきり目をつぶって、口をすぼめる結先生。
やはり結先生でもこの味は耐えられないのか？
しかし、信じられない光景が俺たちの目の前で起こった。
「んー、この辛味。たまりませんねぇ」
先ほどの表情から一転、笑顔で答える結先生。
「やはり世界一の辛さは伊達ではないようです」
唇を少しだけさすりながら、それでもはっきりした口調で感想を述べる結先生。
この人、化け物だ。弘司たちもそう思ったに違いない。唖然とした彼らの表情から考えが見て取れる。
「ささ、久住君もぐぐっと」
死刑宣告再び。もはや打つ手なし。
が、今日も神は俺を見捨てなかった。
突然、屋上の扉が開かれる。そこに立っていたのは、保奈美。
走ってきたのだろうか、息を切らして額には大汗。
「ちょ、ちょっと・・・待って」
「特性のココナッツミルク。これで辛さはかなり緩和されるはずだから」
保奈美はそう言うと、結先生のプリンにミルクを注いだ。
結先生は少しムッとしたが、
「結先生、味見してもらえます？」
保奈美の勧めで、ミルクのかかったプリンを食べると
「美味しいです。これだけで、ご飯3杯はいけます！」
結先生の表情がほころんだ。
「それでも、まだ辛いから気をつけてね」
保奈美はそっと耳打ちする。俺はうなづいた。
ミルク単体だと、プリンとは正反対で鬼のように甘い。
しかし、その強烈な甘味を強烈な辛味が打ち消している。
世界一辛いソースに保奈美のミルクが打ち勝ったのだ。
口に入れた瞬間は、双方の味が自己主張するため、口当たりはすこぶる悪い。
しかし、その後は良い感じに味が緩和されて、最後にほのかな甘味が残る。
どうにか結先生のプリンを食べきった。広瀬兄妹も胸をなでおろしていた。
「せっかくだから、流星群の観測、付き合うか？」
「うん」
保奈美を交えて行われた観測会は、昨年以上に楽しく過ごせたのだった。
〜あとがき〜
広瀬兄妹の逆襲よりも保奈美ちゃんの活躍のほうが際立ってしまいました（笑）
やっぱり保奈美はスーパー幼馴染みだなぁと。
でも、辛いものに甘いものを混ぜても普通はこんなにうまくいきませんがね。保奈美さんマジック。
それと病院送りになった薄幸の美少女、美琴ちゃんに乾杯。