慣れないことはしたけれど
「すいませ〜ん、仁科先生いらっしゃいますか？」
擦りむいた左の肘を抑えながら、私は保健室の扉を叩いた。
「いるわよ〜」
中からのんびりした仁科先生の返事がした。
良かった、どうやらいるみたい。
私はドアを開け、保健室に入る。独特の薬のにおいが鼻を突いた。
「いらっしゃい。どうしたの、藤枝？」
保健室に来る人に対して『いらっしゃい』もどうかと思うんだけど…。
その辺は敢えて口にしない。
「はい、体育の授業で転んじゃって」
「へぇ。藤枝がそんなミスするなんて珍しいわね。じゃあそこに座って」
「はい」
私にそれだけ言うと仁科先生は治療道具を用意し始めた。
4時間目の授業中。今日は校庭でハンドボールの授業だった。
いつもは後ろの方で控え目に守ってるんだけど、今日はなぜか攻めに
回って欲しいとハンド部の娘から要望があったので、前線で動いてみた。
あまり自信が無かったんだけど、案の定というか何と言うか。
慣れない事をするもんじゃないな、って思った。
相手のゴールキーパーとぶつかって倒れこんだ時に肩から肘にかけて
大きく擦りむいていた。
キーパーの娘も一緒に行こうか、って言ってくれたけど大丈夫といって一人で
保健室に来たのである。
「あらら、だいぶ擦りむいてるわね」
「えぇ、ちょっと派手に転んじゃって。軽く洗ったんですけど」
「そうね、砂とかはだいぶ落ちてるから消毒しちゃいましょ」
話しながらも手は休まることがない。
さすが、といえばそうなのかも知れないけど、医療なだけにちょっと不安にもなる。
「傷自体は浅いけど、幅が広いからね。しばらくお風呂とかは沁みるわよ」
一通り準備を済ませ、手をもてあましながら説明を始める。
「広くガーゼ当てて、後は包帯で押さえるから。上着は脱いでくれた方がやりやすいわ」
「分かりました」
「っと、カーテン閉めるからちょっと待って」
「あ、はい」
言われたとおり、そのまま脱ごうとしちゃった。
体操着を脱ぐ手を止める。
「はい、どーぞ」
仁科先生に言われ私は体操着を脱いだ。ちょっと肌寒いかな。
さっそく仁科先生は私の腕を取る。
「んじゃ少し沁みるわよ」
「ん…」
仁科先生が消毒薬を含ませたガーゼで傷口の汚れをふき取る。
広がってる傷の至るところから刺すような痛み。
指先以外の怪我なんて久しぶりかも知れない。
「痛いけど我慢ね」
子供をあやすかのような口ぶりの仁科先生。やっぱり保健の先生なんだなぁ。
一通り綺麗にすると、ガーゼを当てて包帯を手早く巻いた。
「きつくない？」
2、3度腕を曲げたり伸ばしたりしてみる。困るほどの締め付けは感じられない。
「はい、大丈夫です」
「腕の傷だけかしら？肩とかは大丈夫？」
「多分大丈夫だと思います」
私の言葉に仁科先生は溜息をついた。
「まったく、本人の『大丈夫』が一番信用ならないのよ。はい、腕上げて」
そう言うと仁科先生は私の腕を取り、真上に持ち上げた。
肩にピリっと痛みが走る。
思わず顔をしかめてしまうと、仁科先生は『やっぱり』って顔をした。
「決まりね。湿布貼るから後ろ向いて」
「…はい」
椅子をくるりと回転させて、仁科先生に背中を向ける。
「はぁ、若いって良いわねぇ…」
仁科先生のそんな呟きが聞こえた。
そういえば、仁科先生っていくつだっけ？
「きゃ」
なんて考えてたら突然、肩に冷たいものが張り付いた。
思わず声を上げてしまう。
「ごめんね、驚いちゃった？」
「えぇ、大丈夫です」
冷たいのは最初だけで、あとはすぐに馴染んだ。
大判を1枚、肩を中心に貼ってもらった。
「料理部もあるだろうけど2、3日は重いものを持たない方が良いわね」
「分かりました」
幸い、左腕なので料理をする分にはあまり困らないはずだ。
「まぁ藤枝には久住がいるし、あいつに荷物でもなんでも持たせなさい」
「あは、そうですね」
ここでなおくんの名前が出てくる辺り、仁科先生もなおくんと結構
仲が良いんだなって思ったりもした。
「はい。これでおしまいだから上、着ていいわよ」
「ありがとうございました」
少し動かしにくい腕と痛む肩をかばいながら、どうにか体操服を着なおした。
あ、でもまたすぐに制服に着替えなきゃいけないんだっけ。
女子更衣室、まだ開いてるかな？制服も置いたままだし。
「こんにちわ、仁科先生いらっしゃいますか」
保健室の扉をノックする音と、外から女の子の声がした。
「ちょっと待ってなさい」
私のときとは違って、一度ドアまで行った仁科先生は相手を確認する。
その隙間から見えたのは、秋山さんだった。
「今、患者が一人いるんだけど、急用？」
…患者って、あながち間違いじゃないんだけど。
「藤枝さんですよね。彼女の制服を持ってきたんですけど」
「だそうよ、藤枝。ここで着替えてく？」
秋山さんが持っていたものを確認して、仁科先生が振り返る。
仁科先生の言葉に私は頷いた。
「はい。そうします」
「じゃ、秋山も中に入って」
「はい、藤枝さん。制服ね」
「うん、ありがとう。秋山さん」
私は秋山さんから制服を受け取ると着替えようとする。
「大丈夫？着替え、手伝うわよ」
「うん、大丈夫だよ」
私はいそいそと体操着を脱ぐ。やっぱり包帯と肩の痛みに気を使うと
どうしても動きがきこちなくなる。
「藤枝さん、引っ張るわね」
体操着を脱ぐ時、秋山さんがそう言ってくれる。
「あ、うん。お願いします」
結局、秋山さんに着替えを手伝ってもらうことになった。
長袖の制服だから見た目はいつもと変わらないけど、やっぱり動かしにくい。
仁科先生にお礼を言ってから保健室を出た。
腕、膨らんで見えないかな？と気にしつつ。
「じゃあ、カフェテリアに行きましょうか」
「秋山さん、お昼まだだったの？」
たしかお昼休みの時間は半分以上過ぎているはずだ。
「うん。私だけじゃなくていつもの人たちも待ってるはずよ」
『いつもの人たち』。そっか、待っててくれたんだ。
「じゃぁ急がなきゃね」
「そうね、行きましょう」
些細なことだけど、こういうのって凄く嬉しい。
怪我が治ったら、何か作ってみんなにご馳走しよう。
〜あとがき〜
5月上旬の時点での人気投票上位のコラボレーションでした。
保奈美ちゃんと恭子先生を同時に登場させるなら、こんなシチュエーションくらいしか
思い浮かばなかったんです。保奈美ファンの方々、怪我させちゃってごめんなさい。
なお現在トップの保奈美ちゃんは、今後も出演回数が多くなります。