目覚まし美琴
「なおくん、朝だよ。起きて」
いつものように保奈美が俺を起こしに来る。
「今日は私も茉理ちゃんも日直だから早く出なきゃいけないんだから」
ゆさゆさと揺すぶられる事、十数回。今日の保奈美はしつこいな。
「ほら、早く起きて」
「保奈美さん、そろそろ出ますけど？」
ちょうどいいタイミングで茉理が保奈美に声をかける。
「うん、でも…」
「いいじゃないですか、今日は秘密兵器もあることだし」
「んー……そうだね。じゃぁなおくん、私たちは行くね」
そういって保奈美たちは部屋を出て行った。
やけにあっさりしている保奈美たちを少しだけ疑問に思ったが
俺は睡魔に誘われるままに眠りについた。
しかし、程なくして階段を上がる足音が聞こえてきた。
保奈美も茉理も学園に行ったはずだろ？
英理さんがまだ残ってたのだろうか。いや、今日も仕事のはず…。
まだ覚めきっていない頭では大したことは考えられない。
まぁ誰であろうと俺の眠りを妨げるのは許さん。
「久住君、朝だよ〜！」
誰かが俺を起こしに来たみたいだ。
ん？いま俺『久住君』って呼ばれたか？
「ほら久住君。起きないとまずいよ」
ゆさゆさゆさ。
どこか保奈美とは揺さぶり方が違う。茉理でもなさそうだ。
誰だ？俺は薄目を開けてその相手を確認する。
この目に優しくない真っ赤な髪は…。
「美琴…か？」
「そうだよ、おはよう。久住君」
朝から元気全開の美琴さんだった。
「で、なんで美琴がうちにいるんだ？」
呑気にテレビを見ながら紅茶を飲んでいた美琴に話し掛ける。
「昨日、藤枝さんに勉強を教えててもらって、そしたら泊まっていけばって話になったから、お世話になっちゃった」
「美琴が勉強ねぇ？」
疑わしげな目で俺は美琴を見つめる。
「久住君は今日の宿題終わってたの？」
「…なに？」
宿題なんてあったか？少なくとも俺の記憶にはまったくない。
「それ、いつのだ？」
「今日の3時間目の古典、結先生の授業だよ」
そういえば美琴は古典が苦手だって言ってたっけな。
しかし宿題については一切聞いてねぇ。
「まぁ3限なら何とかなるな。俺も保奈美に頼むか」
「あ〜、ずる〜い」
なんて会話をしながら英理さんが用意してくれた朝食を食べる。
「やった！今日のおうし座の運勢は最高だって」
「そっか、良かったな」
朝食後は新聞のスポーツ記事を熱心に読んでいた。
俺は適当な相槌を打ったが。
…ん？この時間に占いなんてやってたか？
「最近始まったのか、その占い」
「ううん、ずっと前からやってるよ。私、毎朝見てるもん」
そのとき気付く。俺は時計を見た。
残念ながら非常に危険な時間を指していた。
しかも、かつてないくらいマズイ時間だ。
占い番組が新しいのではなく、俺がその時間まで家にいたことがこれまでなかったのである。
しかし、当の美琴はいたって余裕な感じで番組の続きを見ている。
「美琴、なに余裕かましてんだ」
「え？だってあと5分くらい余裕あるよ？」
そういって時計を指差した。
…アホか、こいつは。
「お前、今誰の家にいるか分かってないだろ」
「え？」
『あっ』と小さく声を上げた後、みるみる美琴の顔が青ざめていく。
「もしかして…まずい？」
「もしかしなくてもまずい」
無駄なことを言ってる暇すら惜しい。
幸い、俺も美琴も既に制服は着ている。
俺はカバンを引っつかむと、美琴の手を引っ張って立ち上がらせた。
「くそ…美琴、出るぞ」
「う、うん！」
「家の前で待っとけ」
「了解」
俺は玄関のカギを閉めた後、自転車置き場からタービン号を引っ張り出す。
今日の荷物は始めて載せるものだ、無事に学園に辿り着けるか。
「美琴、飛ばすから振り落とされるなよ」
「うん、頑張る。よっと、っと…とぉ！？」
美琴が座ったのを感じたのと同時に俺はペダルを踏み込む。
「わ、わ！くず、久住君！待って！まだ、スカート」
「待ってられん。気合だ」
文字通り、一分一秒が惜しい。
「わぁぁ！ゆ、揺れる〜」
振り落とされそうになった美琴はスカートがどうとか言わなくなった。
俺の腰に必死にしがみついている。
この時点で保奈美と勝手が違うことを痛感していた。
やばいな、上手く走れる自信がない。
美琴がバランスを取ってくれないから、真っ直ぐ走れるか微妙だ。
特に蓮見坂。最悪あそこは…美琴に走ってもらうか。
などと考えているうちに、あっという間に蓮美坂に到着した。
どうにかギリギリ間に合いそうだ。
「美琴、生きてるか？」
「え〜ん、ぱんつ〜」
やっぱりスカートのことを気にしてたのか…。
「別に減るもんじゃないだろ。それより、しっかり掴まってろ」
「減るよ！って、うわわ！？」
いきなり走り出したことに驚く美琴。
俺は保奈美に鍛えられたように、座りながら坂を登る。
美琴は保奈美よりもしがみ付きが強い分、こぎ難い。
筋肉が悲鳴をあげる。かなり苦しい。
「久住君、あんまりスピード出てないけど大丈夫？」
その原因が何を言っていやがる。
「もう少し、掴まる力を弱めてくれ」
「そう？こうかな」
「そのくらいなら」
多少動きやすくなったので、足にも力が入れやすい。
早歩きと変わらないスピードから小走りくらいまでは早くなっただろう。
坂の中腹まで辿り着いた頃、美琴が言い出した。
「私、ここからなら走るよ」
そういって美琴はタービン号から下りる。
「っとっと」
急に美琴が降りたから、それまで保っていたバランスが崩れる。
が、すぐに立て直すと
「じゃ美琴、頑張って走れ」
「任せて！」
美琴は謎の掛け声を上げて蓮美坂を上り始める。
俺も立ち漕ぎですぐに追いついて、あっという間に抜き去った。
「あー！久住君ずる〜い！」
ずるいも何もないだろ。
「自転車置いてくるから、校門で待ってる」
「う〜。りょうか〜い」
納得いかなそうな美琴をそのままにしておく。直後、俺は校門を通過した。
自転車置き場に自転車を置くと、小走りで校門に向かう。
ちょうど美琴が蓮美坂を登りきったところだった。
「美琴、もう少しだ。粘れ」
「も、もうダメかも……」
弱々しく息をつく美琴は今にも倒れそうだ。
男子でもキツい心臓破りの坂を登ったのはたいした根性だろう。
「ほら、美琴。行くぞ」
俺は美琴の手を取って、ラストスパートをかける。
「うぅあぁぁ」
言葉にならない悲鳴をあげ俺に引っ張られる美琴。
俺と美琴が教室に入ったのは、結先生とほぼ同時だった。
「久住君、天ヶ崎さん。もっと余裕を持って登校しましょうね」
結先生の笑顔が痛かったのは言うまでもない。
〜あとがき〜
ということで、現在の人気投票上位の美琴ちゃと直樹君のSSでした。
組織票かどうかはともあれ、頑張って投票してくれた人に感謝。
尻切れ気味なのは気のせいだ！