秋山文緒 誕生日記念SS

3月21日。春分の日。その日も朝から悔しいくらいに快晴だった。

「はぁ今日は何して過ごそうかしら」
春分の日、いわゆる国民の休日である。しかしこれが私は毎年恨めしい。
今を遡ること十数年前に私はこの世界に生を受けた。
平たく言うと今日が誕生日なのである。

天ヶ崎さんのように『私の誕生日は5・15だから』と言える性格でもない私。
今日が誕生日だって知ってる人もほとんどいない。そのうえ休日でしょ。
学園でアピールすることもできないし、仮にできたとしても春休みを直前にした
クラスメートにどれだけ浸透するか疑問である。
去年は何事もなく過ごしちゃったしなぁ。
私は軽い朝食をつまみながら、面白くもないテレビをつけて時間を過ごした。

間もなくお昼になろうかというところで私の携帯が鳴り出した。
携帯を取り上げ、液晶を確認する。
「……誰だろう」
見たことない電話番号だった。しかも一般電話からだ。
私は訝しがりながらも電話に出る。
「もしもし?」
名前は名乗らない。知らない電話番号からかかってきたときの鉄則だ。
「もしもし。秋山文緒さんの携帯でよろしいですか?」
若い女性の声。どこかで聞いたことがあるような気がするけど思い出せない。
「はい、そうですが」

「えと、秋山さん?私、同じクラスの藤枝ですけど」
私が警戒を解かないものだから困惑してしまったのだろう。
藤枝さんも恐る恐る、と言った感じで話している。
「藤枝さん?」
「うん、いま大丈夫かな?」
「え、ええ。大丈夫だけど」
珍しい人からかかってきたもんだ。というか、藤枝さんからかかってきたのは初めてね。
「あの、蓮華寮の大広間って、寮生以外でも使わせてもらえるのかな?」
「うん、管理人さんに話しておけば大丈夫だけど……」
たしか、事前に話を通せば学生なら誰でも使えるはずだった事を思い出す。
「えっと……管理人さんに連絡を取るにはどうしたらいいかな?」
「良かったら私が伝えてあげるけど?」
「う、ううん。それは悪いから。私のほうで伝えるよ」
「そう?えっとね……」
私は電話帳を開くと、管理人室直通の電話番号を伝えた。
「ありがとう、こんど何かお礼するね」
「ううん、気にしないで」
そして電話は切れた。
ちょっとだけ誕生日のことかも、って期待した自分が情けない。
「はぁ」
私はため息をつくと、またテレビに目を向けた。


1時間くらい経った頃だろうか、1階がにわかに騒がしくなる。
なんだろう。気になった私は廊下に出てみる。
「あ、秋山先輩」
ちょうど部屋の前を通りかかった橘さんと行き会った。
橘さんはなにやら大きな袋を抱えていた。
私は率直な疑問をぶつけるが
「橘さん、下で何かあるの?」
「い、いえ!特に何かあるわけじゃ!」
唐突にあたふたしはじめる橘さん。ちょっと怪しい。
「あー、ちひろちゃん。ごめんごめん、荷物は俺が持つよ」
と、今度は階段を駆け上がってきた久住君。
「げ、委員長……」
あからさまに嫌そうな顔をする久住君。とっても失礼である。
「その『げ』はどういう意味かしら、久住君?」
「いや、その、あはは……」
久住君は乾いた笑いを漏らして誤魔化した。
「それよりも久住君、この階は基本的に男子禁制よ?」
「分かってる分かってますって。これだけ預かったらすぐに退散するから」
そういうと久住君は橘さんの荷物を受け取って階段を降りていった。
「あの、橘さん?」
「は、はいぃぃ!」
おびえるように返事をする橘さん。ますます怪しい。
「今日、下で何かあるの?」
もう一度、同じ質問をしてみる。
「え、えっと……その……」
「あ、秋山先輩。こんにちは!いま急いでるんでちひろ持って行きますね〜」
「わわ、茉理〜!」
突如、橘さんの部屋から出てきた渋柿さん(彼女もいたのか)は橘さんの背中を押しながら
そのまま階段を降りていった。
取り残される私。相変わらず下の階は騒がしい。
なんか大々的な事をするつもりなのかしら。

藤枝さんから電話がかかってきて、久住君が荷物を運んでて、橘さんの部屋から渋柿さんが出てきた。
間違いなく、いつもの面々で何かを企てていることは容易に想像できた。
でも私に声がかからない、ってことは誘ってくれるつもりはないのね。
まぁ私には関係ないことだろうし、美由紀さんも止めていないのなら大それたことはしないと思う。
「あんまりうるさくしないでね」
誰に言うわけでもなく、私は呟いて部屋に戻った。


部屋に戻ったものの、どこか落ち着かない。
あー、もう!なんだろう、このモヤモヤした気持ちは!
なんかこのまま部屋にいると、じっとしていられなさそうだったので外出することにした。
準備を済ませ、1Fに降りる。
大広間でなにやら色々と準備をしている天文部の姿が見えた。
ただの打ち上げにしては大掛かりすぎないだろうか。
「あ」
と、ちょうど出てきた久住君と目が合った。
ぱたん。苦笑いしつつ、後ろ手ですぐに大広間のドアを閉める。
とっても裏がありそうだった。
そのまま私は外へ出ることにした。
久住君があからさまに安心する顔を私は視界の端で捉えていた。


さて、出てきたは良いもののどうしたものか。
特に当てがあるわけじゃない。
とりあえず商店街に足を運ぶかな。多少は時間を潰せるだろう。
蓮美坂を降り、商店街に向かった。

本屋さんで2時間ほど時間を潰してから寮に戻る。
どうやら広間での作業は終わったようだ。扉は閉じられていて人の気配もない。
私が出ているうちに全てが終わってしまったんだろうか。

やっぱり、今年も何もないのかな。

そう諦めつつ、部屋に戻った。

しばらく過ごして、夕食時。そろそろお腹もすいてきた。
カフェテリアにでも食べに行こうかしら。
私は財布と携帯を探す。と、ちょうどその時に部屋をノックする音が聞こえた。
「は〜い、今出ま〜す」
「あ、天ヶ崎さん。どうしたの?」
ドアを開けると、天ヶ崎さんが立っていた。その後ろには橘さんもいる。
「うん。ご飯、一緒にどうかなって」
「えぇ、いいわよ。今出ようとしてたところだから」
「ちょうど良かった。それじゃ行こう」
連れ立って部屋を後にした。

「秋山さん、そっちじゃないよ」
階段を下りて、蓮華良を出ようとしたところで天ヶ崎さんに呼び止められた。
「え?だってカフェテリアに行くんでしょ?」
蓮華寮には食堂はない。それとも、どこか別の部屋に何か用意してあるのだろうか。
「ううん、今日はここ」
そういって天ヶ崎さんは大広間を指差した。
「え?今日は何かあるの?」
「もう、分かってるくせに〜」
軽く肘を打ち付けてくる天ヶ崎さん。
「あの、本当に何のことか分からないんだけど」
言葉どおり、何がなにやらさっぱりだった。
「いいからいいから」
「え?え?ちょ、ちょっと?」
天ヶ崎さんは渡しに構うことなく背中を押してくる。
そのまま大広間に押し込まれる私。

すると

パンパンパン!

耳を劈くような音に顔を上げる。
そこには

「「「委員長、誕生日おめでとー!」」」
「「寮長!誕生日、おめでとうございます!」」
「「秋山先輩、おめでとうございます!」」
見慣れたクラスメート、寮生、後輩の姿があった。

一瞬、なんのことか理解できなかった。
思わず一同を見回してしまう私。

大広間の上座には『誕生日おめでとう!』と大きく書かれた横断幕が。

そっか。今日はこのために……。
藤枝さんに始まり、橘さんや久住君が何かを隠していた理由がようやく分かった。

ちょっと何よ。嬉しいじゃない。
「みんな……や、やだ……」
胸の奥がツンとした。思わず涙が出てしまう。
「ちょ、ちょっと待って」
私はそれを見られないように一度、後ろを向き涙をぬぐう。
一度、大きく息をつくと……

「みんな、ありがとう!」



〜あとがき〜
ちょっといつもと毛色が違う感じのSSでお送りしつつ。
そういえばん、委員長の誕生日SSって書いたことなかったなぁ、と思いつつ書いてみました。
ここのところ、瑠璃のSSの方に掛かりっきりだったので、たまには委員長にも良いシーンをば。

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