バケツいっぱいの夢 前編
ざわざわざわ…。
ここ、蓮美台学園のカフェテリアで今、かつてない勝負が始まろうとしています。
オープンテラスにこの日のために設けられた特設ステージ。
丁寧な装飾が施された『バケツいっぱいの夢』のパネル。
そして壇上にいるのは結先生と美琴ちゃんです。
「お待たせしております。間もなく試合開始となります」
実況を務める茉理ちゃんがステージ上で一礼します。短いスカートが危険です。
が、本人も慣れているのか、見えそうで見えないぎりぎりの動き。
伊達にウェイトレスやってません。
「なお、今回の提供は料理部部長の藤枝保奈美さんによる超特大のプリンと杏仁豆腐です。
現在、鋭意作成中です。」
おおー、とどよめく会場。
大のプリン好き、大の杏仁豆腐好きで名を馳せた二人。
学園内でもそれはもちろん知れ渡っています。
「意義あり！」
と、ここで美琴ちゃんが突然立ち上がりました。
「はい、なんでしょう？美琴先輩」
「なぜ、杏仁豆腐より先にプリンが紹介されるのでしょうか？」
「は？」
茉理ちゃん、何を言われてるのか理解できません。
さらに美琴ちゃんは続けます。
「『超特大のプリンと杏仁豆腐』じゃなくて『超特大の杏仁豆腐とプリン』に
訂正を希望します！」
「なる…」
やっと理解できた茉理ちゃん。
しかし、それに黙っているわけがない人物が一名。
「何を言いますか、天ヶ崎さん。プリンの方が偉いに決まってるじゃないですか」
決まってません。
突然口論を始める二人。
「試合開始前に場外乱闘が始まってしまいました」
ここぞとばかりに煽る茉理ちゃん。雰囲気に乗せられて盛り上がる会場。
決戦の準備が整いつつあります。
「睨みあう両者。どちらも譲る気はない模様です」
「当たり前です！」
「当たり前だよ！」
と、いきなり荒れた展開でしたが、とりあえず二人は腰をおろしました。
「さて、始まるまでまだ時間がありますのでルールの説明をさせていただきます」
手にしているクリップボードから原稿を読み上げる茉理ちゃん。
「今回食べていただくのは、さっきも言いましたがバケツサイズのプリンと杏仁豆腐です」
と、ここで舞台袖から茉理ちゃんと同じウェイトレス服を着た女の子が大き目のバケツを
持ってきました。そして、それを受け取る茉理ちゃん。
「今回は10リットルのバケツで用意させていただきました。減り具合が分かるように透明のバケツです」
どよめく会場。いや、ここはどよめく所ではないのでは？
「ちなみに重さはプリンが17kg、杏仁豆腐が具の関係でだそう18kgです。
たぶん、結先生の体重の半分くらいあるんじゃないでしょうか」
そう、考えてみれば小柄な結先生では10リットルものプリンを食べきれるのでしょうか。
そもそもそれだけの量が入る胃を持っているのでしょうか？
「私の体重の半分以上ありますけど、私の殆どはプリンで出来ていますから大丈夫です」
冗談のつもりで言った結先生ですが、なぜか納得する会場一同。
バ○ァリンの半分が優しさで出来ているのと似たようなものなのでしょう。
「なお、杏仁豆腐はシロップも飲み干すことを完食の条件とします」
「余裕だよ。シロップの一適も無駄にしないよ」
勝利条件を付け加えたことに、Vサインを出して答える美琴ちゃん。
「制限時間は1時間。先に食べきった方が勝ちになります。
もし両者とも食べきれなかった場合、残りの重量で勝敗を判定します」
ルールを読み上げる茉理ちゃんの言葉に頷く二人。やる気満々ですね。
「相手の食事を妨害する等の反則行為は、即座に失格になります。
「妨害行為は罰金…えっと、この材料費ですね。になりますので、気をつけてくださいね」
これには会場も苦笑します。
一通り説明を終えると茉理ちゃんは一礼して舞台袖に下がりました。
「さて、お待ちかねの物が出来上がった模様です」
茉理ちゃんが言うと、舞台袖から料理部の女の子がバケツを持って入ってきます。
よっぽど重いのでしょう、プリンも杏仁豆腐も3人がかりで運んでいます。
ずん、と低い音と共にテーブルに乗せられたプリンと杏仁豆腐。
プリンの方はバケツぎっしりにカスタードが詰まっています。
下の方はカラメルソースが少しだけ見えています。
杏仁豆腐のほうは、白を基調としてパインやチェリーなどの色鮮やかな出来。
こちらも目いっぱい詰め込まれています。
ステージ真正面から見ると、小柄な結先生はプリンに隠れて全く見えません。
「ロマンですねぇ・・・」
「はい、ロマンが目の前に･･･」
結先生と美琴ちゃんはうっとりとそれぞれの前に置かれたバケツを眺めていました。
ここで、このプリンと杏仁豆腐を作った保奈美ちゃんがやってきました。
「保奈美さん、お疲れ様でした」
「うん、頑張ったよ」
保奈美ちゃんを労う茉理ちゃん。保奈美ちゃんも笑顔で頷きます。
一言二言交わした後、茉理ちゃんがちょっと真面目な顔をします。
「ちなみに、いくらかかりました？」
「んー、内緒♪」
保奈美ちゃんは指を口に当ててウインク。
「一応、罰金額の確認のために…」
「そう？そうだね、カフェテリアのプリンも杏仁豆腐も150gで200円なの」
やっぱり詳しくは明かさないのでしょうか、遠まわしな言い方で説明する保奈美ちゃん。、
「それが2セットってことは」
茉理ちゃんが指折り計算します。今回は10kgなので66倍。さらに2個分なのでもう2倍。
「わー、結構な値段ですね」
ちょっと笑えない金額に、棒読みなセリフの茉理ちゃん。
「あんまり考えちゃダメ」
そんな茉理ちゃんに釘をさす保奈美ちゃん。
「そ、そーですね…では保奈美さん、あちらの解説席でお待ちくださいね」
「は〜い」
おっと、紹介を忘れてましたが解説席に先客が1名いたのでした。
「ちなみに『どうしても出たい』ってうるさい、久住直樹も解説です」
「こら、変な紹介するな」
既に解説者席についていた直樹君を、おざなりに紹介する茉理ちゃん。
まぁまぁ、と抑える保奈美ちゃん。
「はい、なおくん。プリンと杏仁豆腐、どっちがいい？」
保奈美ちゃんは手にしていたバッグからプリンと杏仁豆腐を取り出しました。
もちろん、通常サイズのものです。
「ん、そうだな」
当然のように受け取る直樹君ですが…。
ざわざわざわ…。
どよめく会場。
「ちょっと直樹、ずるい！」
食って掛かるのは茉理ちゃん。これもまぁ当然でしょうね。
「ごめんね、茉理ちゃん。材料の関係でこれしか余らなかったの」
「うー」
恨めしそうな視線の茉理ちゃん。
「茉理ちゃんは別にどっちでも構わない？」
「はい、頂けるならどちらでも」
大人な保奈美ちゃん、自分の分を茉理ちゃんに譲るつもりです。
「しょーがねぇなぁ。じゃぁ茉理と保奈美で食べてくれ」
内心、かなり残念がっていた直樹君ですがそこは男の子。
その辺をおくびにも出さず、自分の分を2人に譲ります。
「わたしは作った本人だから。なおくんが食べて」
遠慮する保奈美ちゃん。
「いや、それも悪い気がするな」
「ううん、そんなことないよ。ね？」
なんか2人の世界が…。
食い下がっていた茉理ちゃんも踏み込めなくなってしまいました。
とりあえずで渡された杏仁豆腐に一度、目をやりましたが…。
「なんか納得いかないわ」
そう呟くのでした。
BooBooBoooooo。
会場のあちこちからブーイング。
「「ぶーぶー」」
今日の主役の結先生と美琴ちゃんも一緒になってブーイングです。
実際、美琴ちゃんは意味がわかってぶーぶー言ってるのか、非常に微妙です。
「さ、さて気を取り直して」
ぼちぼち司会進行をしなくてはいけないことに気付いた茉理ちゃん。
正面を向くと、マイクを握り再び仕切りに入ります。
もちろん受け取った杏仁豆腐は手放してませんね。
「では準備も整ったようですし、そろそろ宜しいでしょうか？」
結先生と美琴ちゃんに確認を取る茉理。
「いつでもOK」
「はい、いつでもどうぞ」
美琴ちゃんと結先生が揃って返事をしました。
返事を確認して茉理ちゃんが試合開始の合図をします。
「では、制限時間は1時間です。よーい、スタート！」
〜あとがき〜
テレビで大食い大会みたいなのをやってたので、なぜかこんなお話です。
ながくなったので複数回構成です（汗）
でも、この2人ならバケツいっぱいのプリン、杏仁豆腐も余裕でしょう。