バケツいっぱいの夢 中編
「では、お二人とも…準備はよろしいですか？」
茉理ちゃんが試合開始の合図の準備をします。
「はい、いつでもどうぞ」
「かかってこい！だよ」
二人ともスプーンを構え準備万端の模様。
「では、第一回『バケツいっぱいの夢』、スタート！！！」
茉理ちゃんの合図でそスタートの火蓋が切られました。
両者、一口目を同時に口に運びます。
「「おいし〜。藤枝さん、ありがと〜」」
最初の一言も同時で同じ。
その後、2人とも幸せそうにプリン、杏仁豆腐を食べていきます。
黙々と食べつづける結先生と美琴ちゃん。
「えと、何か解説した方が良いのでしょうか…」
ただ食べているのを見るだけなので、これといって実況することもありません。
ルール説明などはさっき済ませてしまったので、食べている二人を見る以外に
やることが本当にないのです。
手持ち無沙汰になってしまった茉理ちゃんは実況席へ。
「なんかヒマですね」
「まぁ食ってるのを見るだけだからな、こっちは」
茉理ちゃんの愚痴に頷く直樹君。
「よくテレビでやってるけど、あれって結構ダイジェスト気味だったかも」
ひどく的を得たことを言う保奈美ちゃん。
確かに食べ始め、途中経過、終わり近くだけ放送していたかも知れません。
黙々と食べる姿を放送しても面白くないでしょう。
そう考えると、この企画は割と失敗のような雰囲気が漂い始めました。
だらだらとした時間が10分くらい過ぎました。
会場の観客もそろそろ飽き始めた頃です。
直樹君、茉理ちゃんともに、保奈美ちゃんが用意したプリンも杏仁豆腐も食べ終わっています。
「俺、帰っていいか？」
すでにやる気のカケラもない直樹君が呟きました。
「私も帰りたくなっちゃった」
同意するような茉理ちゃん。それを見た保奈美ちゃんも苦笑いです。
そんな中、結先生と美琴ちゃんは相変わらず食べ続けています。
30分が経過し、観客の3割くらいが席を立ち始めていました。
「そろそろ仕事しようかしら」
茉理ちゃんは立ち上がると、途中経過を確認するために結先生と美琴ちゃんのもとに向かいます。
「えー、相変わらず同じようなペースですね。頑張ってください」
それだけ言うと再び実況席に戻る茉理ちゃん。その間、わずか10秒足らず。
「すげぇ適当だな」
「だって変化も何も無いんだもん。きっと残り10分くらいにならないと盛り上がらないわよ」
マイクを片手で器用にくるくるさせながら、明らかにやる気のない茉理ちゃん。
「時間が長すぎたのかな？」
「大食いよりは早食いの方が良かったんじゃないか？」
完全に失敗の雰囲気を蔓延させている実況席。
そこにだいぶ減ったものの、根気良く残ってた観客から「おお」とどよめきが上がりました。
何事か、とそちらに目を向けると。
「……」
美琴ちゃんのスプーンが止まっていました。
時間を確認する茉理ちゃん。大型ストップウォッチは41分を指していました。
大会開始以降、初めて訪れた変化にちょっとだけやる気を取り戻す茉理ちゃん。
マイクを持って立ち上がります。
「ここで美琴さんのスプーンが止まったぁぁぁ！！！」
待ってましたと言わんばかりの勢いでまくし立てる茉理ちゃん。
どんよりムードの会場もにわかに活気付きます。
一方、結先生は相変わらずのマイペースです。
会場の変化に一度目を向けましたが、すぐに目の前のプリンに視線を戻しました。
「えっと、残りの量は美琴さんの方がやや少ないでしょうか」
2人のバケツの残量を確認し、会場に伝える茉理ちゃん。
結先生先生は6割程度を食べ終え、対する美琴ちゃんは7割くらい食べ終えています。
「さぁ、どうしましたか、美琴さん？」
美琴ちゃんにインタビューする茉理ちゃん。ちょっと楽しそうです。
美琴ちゃんは茉理ちゃんに笑顔を向けてこう言いました。
「あごが疲れちゃった。あはは」
「……そーですか」
「うん、もう大丈夫。じゃんじゃん行くよ」
「はーい、がんばってくださーい」
かなり適当な応援を残して面白くなさそうに引き下がる茉理ちゃん。
残された時間は17分。二人とも時間いっぱい使えばぎりぎり間に合いそうです。
「では、引き続きご歓談ください」
誰も歓談なんかしていませんが、司会としてやることがない以上、そう言うしかほかありません。
残り時間が10分を切りました。
「すいません！」
と、先に具を食べ終えている美琴ちゃんが手を挙げました。
「はい、なんですか美琴さん？」
「飲めません！」
「いえ、飲み干して完食というルールですから、飲んでいただかないと」
「でも、持ち上がりません！」
美琴ちゃんは残ったシロップを飲み干そうと努力しましたが、容器とシロップ自体の重さで
飲もうにも飲めません。
「なるほど、それは盲点でした」
ぽむっと手を叩く茉理ちゃん。
重量にすれば10kg近くあるでしょう。
「じゃぁストローを用意しましょうか」
茉理ちゃんが指示を出すと、食堂運営委員の一人が食堂からストローを持ってきます。
束で。
「さ、好きなだけ使ってください」
「ありがと」
美琴ちゃんはストローを5本くらい受け取ると、口に咥えて容器に顔を突っ込みます。
あまり格好良くはありませんが、そこそこのスピードでシロップが減っていきます。
それでも、3リットル近くあるシロップはさすがに一気に飲み干せません。
「は〜、結構疲れるね。これ」
時々顔を上げては息継ぎをする美琴ちゃん。
「私も負けてられませんね」
と、スパートに掛かった美琴ちゃんを意識してか、結先生も懐から新しいスプーンを取り出します。
「じゃーん。特大スプーン」
結先生が取り出したのは、先端が通常のスプーンの10倍くらいある、特注のスプーンでした。
「もしもの時のために用意しておいた、スペシャルアイテムです」
誰も聞いていないのに解説を始める結先生。
というか、その『もしもの時』ってどんな時なのでしょう。
「では改めまして、いただきます」
その特大スプーンに山盛りに盛ったプリン。
口へ運ぼうとしましたが、その手が止まってしまいました。
「お、おっきくて食べられません」
その巨大なスプーンの先端は、結先生の口よりもはるかに大きいです。
会場は大爆笑。結先生の顔は真っ赤です。
残り10分を切って、ようやく盛り上がりを見せ始めた会場です。
あとがき
うわ〜ん。結局3部構成になっちゃった。
ということで2話で収まらなかったので、もう一回だけ続きます。
早めにアップできると思うんで、もう少しお待ちくださいませ。