秋山文緒台詞集・4月
4月9日
教室：ホームルーム
【直樹】「今まで、『委員長』というあだ名で呼ばれたことがある人を推薦します」
……クラスの3分の2が『はあ？』という顔をした。
よしっ。
案の定、残りの3分の1は特定の人物を見ている。
その視線の先は。
【文緒】「はぁ……しょうがないわね」
つかつかと黒板の前へ。
【文緒】「私は秋山文緒。他に推薦がなければ、私が委員長で決定。推薦、ある？」
【文緒】「……無いね。それじゃみんなよろしく」
【文緒】「他の委員も決めちゃおうか。私に指名されたら、絶対誰かを推薦すること。
推薦できない人は立候補とみなすから」
かなり強引な手法だが、困り果てた結先生を見てるだけの拷問よりは遥かにましだった。
次々に決まっていく委員。
さっきまでの停滞ぶりが嘘のようだった。
【文緒】「次は保健委員。出席番号12番」
【直樹】「俺か？」
【文緒】「げっ、さっきの変な奴」
【文緒】「……立候補扱いでいい？」
【直樹】「あ、いや。じゃあ保奈美。藤枝保奈美」
【保奈美】「あう」
【文緒】「じゃあ藤枝さん、推薦ある？」
【保奈美】「久住直樹くん」
【直樹】「おいコラ」
【文緒】「それじゃ投票ね。挙手よろしく。まず藤枝さん」
……。
クラス全員の意見が一致した瞬間を見た。
4月9日
教室：休み時間
【美琴】「あはは、ゆぅ……じゃないや、久住くん。楽しかったよ」
【直樹】「何がだ」
【美琴】「『委員長』ってあだ名、いいアイデア」
【文緒】「すみませんねー」
遠くから委員長の声が聞こえる」。
【美琴】「えと、その、でも、その後の話の進め方はお見事でしたー」
委員長は、手をひらひら振りながら、次の移動教室に向かう。
4月11日
蓮華寮廊下：新入寮生歓迎会後
【直樹】「ん、なんだか人がたくさんいるな」
【弘司】「ああ。今まで、新入寮生の歓迎会をやってたんだ」
【弘司】「天ヶ崎さんが入って、全員揃ったからな」
バタバタと片づけをしている寮生たち。
フカセンの声も聞こえる。
【直樹】「でもフカセンがいたんじゃ、おカタい会だったんじゃないのか？」
【弘司】「それがだな……」
【文緒】「あっ、広瀬君サボってないで手伝ってよ」
【文緒】「……ん？久住君もいるんだ。ちょうどいいや、さぁ手伝って手伝って」
【直樹】「委員長も寮生だっけ？」
【弘司】「ただの寮生じゃない。寮長だ」
【弘司】「それが、みんなにおだてられて一曲披露することになってさ……」
ばしんっ
【文緒】「余計なことは言わないっ！」
空になったペットボトルで叩かれる弘司。
【直樹】「……もっと早く来て、俺も委員長の歌を聞きたかったなぁ」
【弘司】「それが、すごい音痴で……」
ばしんばしんっ
……。
結局、俺もたくさんの紙コップやたくさんの紙皿やたくさんの空き缶を処理させられた。
部外者だっつーのに。
【美琴】「あっ、久住くんも来てたんだ」
【直樹】「美琴も歓迎されたのか？」
【美琴】「うん。楽しかったよー。秋山さんの歌は聞いた？」
【直樹】「それが残念ながら」
【弘司】「また聞きたいよなー」
ばしんばしんばしんっ
……。
【ちひろ】「あの、今日はお疲れ様でした。」
【ちひろ】「……歓迎会、あいがとうございました」
去年の期中寮生も、一緒に歓迎してあげたらしい。
【文緒】「気にしなくていいよ。寮長の務めだしね」
委員長は、手のひらをひらひら振りながら、自分の部屋に戻っていく。
ふうむ。
さすが委員長。寮でも相変わらずの委員長っぷりだ。
4月11日
蓮華寮3F廊下：フカセンの奥さんを自力で探しているとき
三階の廊下をふらふらと探し回っていると。
【文緒】「こらっ」
【文緒】「三階は女子の階だぞ」
【直樹】「委員長、管理人さんを見なかったか？」
【文緒】「美由紀さんさっき車に乗って、買い物に行ったみたいだけど」
【文緒】「……それより、あまり女子の階をうろうろしないでよ」
……。
……結局フカセンの奥さんには会えなかった。
4月12日
教室：登校後
教室に飛び込んだ時、幸運にも結先生は来ていなかった。
【弘司】「お、直樹。命拾いしたな」
【直樹】「ああ、日ごろの行いがいいお陰だ」
【文緒】「日ごろの行いがいい人は、遅刻スレスレに飛び込んできたりしないわよ」
【直樹】「ふ……余裕で間に合う時間に家を出て、ゆっくり歩いて到着。
そんな生活になんの楽しみがあるよ？」
【直樹】「いい大学に入って、一流企業に入って、めでたく定年して孫に囲まれた
幸せな老後を送ることになっちまうぜ」
【文緒】「いいじゃない。非の打ち所がないわ」
【直樹】「……」
【保奈美】「わたしもおおむね賛成」
【直樹】「……バカヤロウ、遅刻ってのは男のロマンなんだよ、な、弘司」
【弘司】「え……ああ、そうかもな」
【美琴】「わ、達観してるね」
【保奈美】「居直ってるとも言うかな」
【文緒】「開き直ってるとも言うわね」
【弘司】「……まったくだ」
【直樹】「お前が同意するなよ」
【文緒】「ま、いんじゃない。遅刻するもしないも本人の自由だし」
【直樹】「そこ、悟ったようなこと言わない。明日が暗くなるだろ」
【美琴】「間に合わない時間なのに、息せき切って走りこむところに面白さがあるんだよ、きっと」
【弘司】「上級者向けの意見だなぁ……」
ガララッ
結先生が入ってきたらしい。
なにせ、教壇に立つまで顔が見えないのは彼女くらいだ。
【結】「皆さん席に着きましたか？ホームルームをはじめますよ」
【結】「まずは出席からです。秋山さん」
【文緒】「はい」
……。
4月12日
教室：昼休み
【保奈美】「なおくん、お昼どうするの？」
【直樹】「パンでも買ってくるかな」
【美琴】「わたしもそうしよう」
【直樹】「全員で行くのも馬鹿らしいし、ジャンケンでパシリを決めようぜ」
【弘司】「俺も入れてくれるかな？」
【文緒】「あ、私も」
教室の片隅に集まる5人。
微妙な緊張感に包まれる。
……。
【直樹】「いくぞー。あ。ジャーンケーン」
【一同】「ポンッ！！」
【弘司】「よし、勝った」
【文緒】「まぁ、当然かな」
【美琴】「やったねっ。流石はチョキの神様」
4月12日
学園屋上：昼休み
【美琴】「久住くん、到着っ」
ベンチで占領していた4人は、次々と俺の持つ袋に群れてくる。
【弘司】「悪いな、直樹」
【文緒】「さんきゅ」
【美琴】「あれぇ、青春のメロンパンがないよ」
4月12日
教室：放課後
【直樹】「ちゃんと次の試合までに仕上げとけよ」
【弘司】「はい、カントク」
【文緒】「あのさ、遊んでる暇があったら掃除手伝ってよ」
【弘司】「ごめん、うちのカントク、一回始まると長くてさ。
弘司は、再び労働者の群れに帰っていった。
ちゃんと設定にノりつつ、委員長をかわすあたりが弘司のすごいところだ。
……。
…………。
【結】「秋山さんはまだいますか？」
黒板側の入り口から、結先生の声がする。
【文緒】「は〜い、います」
【結】「掃除が終わったら、手伝ってほしいことがあるんですけど、30分くらい大丈夫ですか？」
【文緒】「すいません、部活の会議が入ってまして……」
【結】「あ、そうなんですか」
【文緒】「すいません」
【結】「気にしないで。久住くんが代わりにやってくれるみたいですから」
【直樹】「わたくしも、ジュネーブでアジア経済に関する会議が」
4月13日
教室：女子の身体測定終了後
女子の最初の一団が帰ってきた。
お互いの測定結果をネタに騒ぎあっている。
男だけのボソボソとした空間に、新しい音調が加わり、急に教室が明るくなる。
【文緒】「ただいま」
【直樹】「おっす委員長。どうだった？」
【文緒】「どうもこうもないわ、普通よ」
【文緒】「それより、保健室で着替える時間があんまりないから、急いで行った方がいいかもよ」
【直樹】「ああ、昼休みまで食い込むのは御免だからな」
【直樹】「委員長は他の女みたいに騒がないのか？」
【文緒】「そうね……状況が変わるわけじゃないし」
【直樹】「面白味に欠けるなー」
【文緒】「別にアンタたちを楽しませるために生きてるんじゃないし」
【直樹】「ひでえ言い草だ」
4月20日
教室：登校後
【直樹】「はよー」
机に適当にカバンを投げる。
【弘司】「おはよう」
【文緒】「相変わらずギリギリね」
【直樹】「間に合ってんだからいいじゃねーか」
【文緒】「あなたはいいけど、藤枝さんが大変ね」
【保奈美】「あははっ、ちょっとね」
【直樹】「毎日、早く起きようって誓ってから寝てるんだけどな」
【弘司】「誓うだけなたタダだし」
【文緒】「遅刻したら1000円っていうのはどうかな」
【直樹】「ダメに決まってるだろ」
【直樹】「大体、なんで委員長に払わなきゃいけないんだ」
【文緒】「藤枝さんに払うのが筋よね」
【保奈美】「わたしは、別に気にしてないよ」
【保奈美】「これでも楽しいし」
【弘司】「いい人だな……泣くとこだぞ、ここは」
【直樹】「うるせーな」
【文緒】「奇跡のような状況ね」
【弘司】「人生の運の90%は使ってる」
【直樹】「残りの10%で細々とやっていくことにするよ」
……。
4月20日
教室：放課後
帰りのホームルームが終わり、人が無秩序に動き出す。
教室から流れ出る一団に身を任せる。
【文緒】「ちょっと、久住君は掃除でしょっ！！」
惜しい……見つかった。
【直樹】「やれやれ、仕方ないな」
【直樹】「俺がいないと掃除もできないと見える」
【文緒】「そんなイカレたあなたには、これをプレゼントするわ」
【直樹】「これはっ、……伝説の」
【文緒】「ホウキとチリトリよ」
【文緒】「それを持って床を掃くと、とってもきれいになるの」
【直樹】「俺にはもったいないアイテムだな」
【文緒】「いえ、あなたにしか仕えないといっても過言じゃないわ」
【文緒】「遠慮はいらないから、さっそく試してみて」
……。
〜中略〜
【文緒】「あのさ、お楽しみのところ悪いんだけど、掃除終わりにしたいんですが」
【直樹】「ああ、悪かったな」