秋山文緒SS番外編文緒inロータス
第1話 私が犬になったワケ
目が覚めると、私はロータスになっていた・・・。
「わう！？わうわうわう！！！」
（ちょっと！？どうなってるの！！！）
突然のことに私は動転していた。
視線は地上約50cmほど。毛むくじゃらな手、足、身体。お尻から伸びるふさふさの尻尾。
喋っているつもりなのに、わうわう言ってる私。
極めつけは「ロータス」と書かれた犬小屋と、ご飯を入れている容器。
見間違いようがない、蓮華寮の中庭である。
「わう・・・うーー」
（えっと・・・なんでこんなことになってるのかしら・・・）
私は心を落ち着けると、いわゆる”お座り”のポーズで考え込んだ。
（昨日は何をしてたかしら・・・？）
昨日は確か・・・。
そう、夕方に天ヶ崎さんと一緒にロータスを散歩に連れて行ったんだわ。
「ほらっ。ロータス！こっちこっち」
「わうわう！」
天ヶ崎さんとロータスは公園に着くと鬼ごっこを始めたようだ。
私は近くのベンチに腰を下ろすと、1人と1匹を見守った。
日増しに日差しが強くなっていく7月。もうすぐ梅雨も完全に明けるだろう。
「他の人に迷惑かけちゃダメよ」
公園内を走り回っている彼女たちに声をかけると、私は持ってきていた本に目を落とした。
時折り吹く、そよ風が心地よい。
「もう、ロータスったら〜」
「わうわわう！！」
じゃれあう天ヶ崎さんたちの声を聞きながら、私は読書を進めていった。
最近読み始めたのが、ちょっとしたファンタジー小説。
人間とペットの人格が入れ替わってしまう、というものだった。
小説の中では、主人公の女の娘とペットの犬の性格が変わってしまうのが話の筋。
お互いが入れ替わってしまったことに2人（1人と1匹？）は気付いたが、元に戻る方法は存在せず
ペットが女の娘のフリをして日常生活を過ごすというものだった。
（なんか、天ヶ崎さんとロータスに似てるなぁ）
本を読みながら私はそう感じていた。
「ふぅ、疲れた〜」
ひとしきり遊んだのか、天ヶ崎さんが私の隣に腰掛けた。
「わう」
ロータスも一鳴きすると、私たちの前にベタっと寝転んだ。
「ずいぶん走り回ってたみたいね」
天ヶ崎さんはうっすらと汗をかいていた。
「うん、楽しかったよ〜。ねっ、ロータス」
「わう！」
天ヶ崎さんの感想に相づちを打つようなタイミングでロータスが吠えた。
今回に限ったことではないが、ロータスは人語を理解しているかのような素振りを見せる。
私が読んでいる小説のペットのように。
「何読んでるの？」
天ヶ崎さんは私の持っている本に気付いたようだ。
「ちょっとしたファンタジー小説よ」
特に隠すこともなかったので、私は簡単にあらすじを説明した。
「へぇ、秋山さんもそういう本読むんだ」
天ヶ崎さんは感心したように何度も頷く。
「もっと難しい本とか読むものだとばっかり思ってたよ」
「まぁ、たまにはね」
「例えばね・・・」
天ヶ崎さんが唐突に切り出した。
「その小説みたいに、もしロータスと入れ替わっちゃったら、どうなるかな？」
天ヶ崎さんはロータスの腹をなでながら、微笑んだ。
ロータスは気持ちよさそうに目を細めて、されるがままになっている。
「んー、難しいわね」
ちょっと想像してみたが、不便極まりないと思った。
「私は楽しいと思うな」
天ヶ崎さんは私とはまったく逆の発想のようで、もし犬になったら、あーしたいこーしたい
などを想像しては、私に意見を求める。
「そうね、そういう考え方も面白いかもね」
天ヶ崎さんに感化されてきたのか、犬になったときの生活をちょっと楽しみに思ってしまった。
「入れ替わってみよっか、ロータス？」
「わう！」
本来なら叶うはずのない約束をする天ヶ崎さんとロータス。
「そろそろ帰りましょうか」
夏が近づき、日はまだ高かったが時間は結構経っている。
「うん、帰ろうか」
「わう！」
私と天ヶ崎さんとロータスは揃って公園を後にした。
ロータスを小屋に戻してから、私と天ヶ崎さんは一緒に夕食を取った。
その席でも、天ヶ崎さんの話題はさきほどの「犬になったら」で持ちきり。
どうやら、本気で犬になってみたいらしい。その想像力に私は呆れつつ。
「う〜〜」
（その後は普通に過ごして就寝したはずなんだけど）
「う〜〜・・・」
（朝、気が付いたらこうなってたのよね・・・）
考えれば考えるほど分からない。どうなってしまったのだろう。
「どうしたの？ロータス？」
私のうめき声が聞こえたのか、管理人の深野美由紀さんが窓から顔を出した。
「わうわうわう！わうわうわう！」」
（美由紀さん！よく分からないんですけど、大変なことになっちゃったんです！）
私は必至になって叫ぶ（この場合『吠える』かしら？）。
心の叫びが美由紀さんに届くはずもなく。
「ロータス、ご近所の迷惑になるから静かになさい」
『めっ！』と言って美由紀さんは顔を引っ込めてしまった。
「く〜ん」
（そんなぁ・・・）
結局ふりだしに戻ってしまった。
（私、これからどうなるんだろう・・・）
私の心は澄み切った青空とは対照的に、どんより曇っていた。
〜あとがき〜
たまにはこんな感じのお話もいいかなぁと。