秋山文緒SS番外編文緒inロータス
第3話 まじかる☆
「わうわう！」
（結先生！）
振り向いた先には、なんと結先生がいた。犬小屋の中に・・・。
「お困りですか？ロータスさん」
はじけるような笑顔で小さく手を振る結先生。
「よいしょっと」
ごそごそと犬小屋の中から這い出てくる結先生。
パンパン、と服についたほこりをはたくと改めて私に向き合う。
「何かお困りのようですね、ロータスさん」
慈しみをこめたようなまなざし。
このとき、私は天使を見た気がした。
「わう、わうわうわう！」
（私、秋山です。気が付いたら、ロータスになってて）
結先生に犬語が伝わるはずはないのだが、必至に問い掛ける。
「あれ？秋山さんなんですか？」
私の声が届いたのかどうか、結先生は私が秋山だということに気付いた。
「どうしたんですか、秋山さん。そんな格好で」
「わうわう！わうわうわう！」
（私の言葉がわかるんですか？結先生！）
「はい、分かりますよ」
結先生はそう言って頷くと私の頭を何度か撫でた。
「あ、ちなみに」
結先生はぽむ、と手を合わせると。
「私は結先生ではなくて『プリンの精』です」
「わう？」
（はぁ・・・？）
「ですから、私は『プリンの精』なのです」
そう言って銀色に輝くマイスプーンを取り出す結先生、もといプリンの精。
「わうー？」
（えっと、結先生も壊れてる・・・？）
「失礼ですね。誰も壊れてなんかいませんよ」
「くーん」
（す、すいません）
私の言葉がわかるんだっけ。不用意な発言は避けなきゃね。
「ところで、秋山さんはなんでそんな格好をしているのですか？
どこから取り出したのか、プリンの蓋を開けながら問い掛ける結先生。
以下、人語vs犬語の会話。
「朝、目が覚めたらもうこの格好だったんです」
これまでの経緯、といってもほんのわずかな時間だが。
掻い摘んで結先生に説明した。
「はぁ、やっぱりプリンはいいですねぇ」
私の言葉など耳に入っていない様子の結先生。
「あの、聞いてます？」
「ええ、もちろん聞いてますよ。で、何か心当たりはありますか？」
「んー、私がいま読んでる小説がペットと人格が入れ替わる、というのがありましたが」
昨日、天ヶ崎さんと話していたこの話題。それが事実になるなんて思っても見なかったですけど。
「もぐもぐ・・・なにか・・・関係が・・・あるのかも・・・知れませんね」
プリンを丁寧に咀嚼しながら言葉を返す結先生。
「でも、そんなことってあるのでしょうか？」
「実際そうなってるんですから・・・そうなんでしょう。ふぅ、ごちそうさまでした」
プリンを食べ終えた結先生はご満悦のようだ。
「そういえば、秋山さんの本体はどうなっているんですか？」
「あ、そういえば」
今の自分のことで頭がいっぱいだったが、私がロータスになっている、ということは
ロータスが私になっているかも知れない。
私の部屋を見上げると、部屋に電気はついていない。
先ほど天ヶ崎きたことを考えると、そろそろ登校の準備を始めなければいけない時間のはずだ。
「それじゃ私が確認してきますね」
「でも、部屋にはカギが掛かってますよ？」
いくら安全であろう学園寮でも、就寝時や不在にする時はカギをかけている。
「いえいえいえ、大丈夫ですから。ちょっと待っててくださいね」
スプーンを丁寧にハンカチで拭い、そう言い残すと、結先生は犬小屋に入っていった。
暗がりにちょうど体が隠れたころ、結先生の気配が消えた。
「あれ？」
私は小屋の中を覗き込むがすでに蛻の殻。
「えっと・・・なんで？」
私も同じように小屋に入ったが、何も起こらなかった。
首をかしげながら待つこと数分。
「よいしょっと」
初めに現れた時と同じように結先生が小屋から出てきた。
「お待たせしました」
「どうでしたか？」
私はもう驚かない。すべてを受け入れるしかない状況に慣れてきたのかもしれない。
「まだお休み中のようでした」
「まぁ、多分中身は犬でしょうから」
「はい、ぐっすりでしたよ」
結先生はさも当然といわんばかりに頷く。
そして、またどこからともなく取り出したプリンを食べ始めた。
「えっと、それだけですか？」
「はい・・・ほかに・・・なにか・・・ありますか？」
それが何か？っていう顔の結先生。
「ホントに見てきただけ？」
「ええ・・・そうです」
ナニヲシニイッタンダ、コノヒトハ・・・。
熱心にプリンを食べる結先生に憤りを覚えたが、今頼れる人物がこの人だけなのも事実。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
プリンを食べ終え、手を合わせる結先生。
「では私はこの後用事があるので、この辺で」
そそくさと犬小屋に戻ろうとする結先生。
「ちょ、ちょっと待ってください」
私は慌てて結先生を呼び止める。
「まだ何か？」
ちょっとだけ迷惑そうな顔をする結先生。
「まだ何か？って、何もしてないじゃないですか」
『プリンを食べていただけ』と口に出そうになったが押しとどめる。
「いえ、この状況をどうにかして欲しいんですが」
私の願いが届いたのか、結先生は小屋に向かわずこちらに向き直る。
良かった。どうにかなるかも。淡い期待を抱いて・・・。
あとがき
なんか不思議な展開に。